平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

いだてん 第40回 「バック・トゥ・ザ・フューチャー」~俺たち日本人は面白いことをやらなきゃいけないんだ! 国や人種や民族を越えたお祭り騒ぎをやろうぜ!

2019年10月28日 | 大河ドラマ・時代劇
「俺たち日本人は面白いことをやらなきゃいけないんだ!」

 嘉納治五郎(役所広司)の思いはしっかり田畑政治(阿部サダヲ)に引き継がれていたんですね。

 では、面白いこととは何か?

・世界中の人が集まったお祭り騒ぎ!
・ワクワクする競技!
・試合が終わればお互いを讃え合う!
・国、人種、民族を越えて世界中の人が交流する平和の祭典!

 戦争や国家主義とは対極にあるものだ。
 フィリピンでの怨嗟の体験を経て、田畑は考える。

「われわれはペ(paix)のためにやっている」
       ↓
「アジア各地でひどいことやむごいことをしてきた」日本だからこそ『平和』を語らなければならない。

「お前たちが泳がなくても何も変らないが、泳げば何かが変るかもしれない」
       ↓
「われわれに世界平和などおこがましい」のかもしれないが、1964年に『平和の素晴らしさ』を表現してみたい。

 ここには平沢和重(星野源)がこだわった5つの問題など関係ない。
 あるのは、5つの問題など吹き飛ばしてしまう『面白いことをやりたい』『平和の素晴らしさを語りたい』という熱い思いだ。

 田畑政治や嘉納治五郎は『子供』なんですね。
『オトナ』だと、予算、国のメンツ、国威発揚、経済効果とか周辺のことを考えてしまう。
 平沢が小学校6年生の娘の教科書を引用してスピーチをおこなったのも『子供』の思いという原点に戻ったから。

 子供のようにオリンピックを捉える。
 オトナのようにオリンピックを捉える。
 ここには大きな違いがある。

 で、この視点に立って2020年の東京オリンピックを見ると──
 どうなんでしょうね?
 経済効果とか、競技場の規模とか、どう問題なく運営するかとか、日本すごいとか、いきなり札幌と言われメンツが立たないとか、そんなことばかりに神経が行っているような気がする。
 まあ、オリンピック自体が商業主義で巨大化しているから仕方ないのだが、現在のオリンピックに関わっている人たちの中に、
「面白いことをやろうぜ!」
 と無邪気に叫んでいる人はいるのだろうか?
 オトナばかりのオリンピックじゃ、きっと楽しくないじゃんねえ!

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