25時間目  日々を哲学する

著者 本木周一 小説、詩、音楽 映画、ドラマ、経済、日々を哲学する

捨てていく

2019年11月22日 | 日記
昔会社で作ったCDリピーター用の教材。中でもぼくが書いたもの。音声はCDR盤である程度残っていた。ところが教材はもう焼いてしまったのか、事務所をいくら探しても、家を探しても出てこない。前にチラッと見た記憶があるので、どこかにあるのだろうと思っていた。が、ない。音源はソニーのCDリピーターがない限りかからない。しかし優れたソフトがあって、PCに取り込むことができるようになった。これを作るにもスタジオで、英語圏人とでたいへんだったのだ。教材があれば、合わせてそれで資産となる。まだどこかに隠れているかも知れない。

 22年前は知的財産権を資産勘定することはできなかった。現在ではそれを株にして資本にすることもできる。この点でも世の中は変わった。
 資産と言えば、土地、家屋。空き家が増えてどうしようもない状況である。家を昔建てたり、買った人も、たいへんである。子供が家に住むというのなら引き継いでいけばよいが、住まないとなれば壊すお金も用意しておかないと子供らに迷惑をかけることになる。大迷惑と考える人も少ないだろうが、それにしても200万円くらいは解体にかかる。その家と土地を売れればよいが、そうはうまく今の世はいかない。この前、テレビで200万円付きで家を一万円で買ってほしい、という人がいた。200万円払ってでも手放したいのだ。そこに様々な思い出も詰まっていることだろうが、平成、令和と不動産は都会の一部を除いて下がりっぱなしである。思い出もくそもない。手放さなきゃ、維持管理、税金がかかる。台風でも来ようものなら近所に迷惑かけないか心配もする。

 政府が旗降って「マイホームを」とずっと言ってきたが、このザマである。
 鎌倉時代に「家も持つな、何も持つな、早くあの世に行こう」と一遍上人が村々を旅してまわり、人に説いた。その後「時宗」という宗教になった。日本では数年前「断捨離」が流行った。
 細君と話して、まず実家のものとぼくの家のものをゴミに出して捨てていこうか、ということになり、検分して捨てていくことにした。MDプレイヤーなどもう要らない。ハンドタイプのVHSビデオプレイヤーもカメラも要らない。食器も衣類もどんどん捨てていくことにした。3年ほど続ければ相当なくなるのではないか。
 さて最後には家をどうするかの問題がある。どちらもずいぶん傷んでいる。津波も来る。どうしようもない。


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