25時間目  日々を哲学する

著者 本木周一 小説、詩、音楽 映画、ドラマ、経済、日々を哲学する

老犬八咫(ヤタ)のこと

2015年02月19日 | 日記
 ウチの八咫(ヤタという犬)がすでに17歳である。後ろ右足が弱くなり、ヨロヨロを歩く。柴犬なので外で飼えと言ったのだったが、結局家の中で飼うことになった。生後6,7年してアトピーになった。獣医者は「外で飼う犬だからアトピーなるんですよ」と言ったのだった。「そらみろ」と僕は思ったのだったが、今更外で飼えば、死んでしまうなどと言って、その意見も通らなかった。
 今は寝てばかりいて、突然失神しまうようなこともある。死んでしまったのではないかとヒヤヒヤする。ウンチは足で支えられないのか、床にひり散らす。同じところをグルグルよろけながらまわる。食べることには欲が強く、この頃は指にパンの人切れでも差し出すと、こちらの指まで噛まれる始末である。

 いよいよ老衰の終りが近づいてきているのだろう。
 ヤタのおかげでよく散歩もした。ヤタにとっての一番のストレスは花火の音と雷の音であった。すでのそのとこも弱く聞こえるのか、耳も遠くなり、今は平然としている。

 。この前友人に預かってもらったのだが、そこで死んだとしたら、友人に気の毒である。いらぬ心配をかける。もうそれもできない。おそらく今後は犬は飼わないだろう。夫婦で外出ができなくなる。友人の世話にならなければならない

  天寿を全うしそうな感じである。寂しくはなるだろうが、しかたがない。寒い時期をとおり過ぎたら、まだ寿命をのばすのかもしれないが、犬の最後も人間の最後も同じように死んだことは自分にもわからないことだ。
 


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