Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

カーチュン・ウォン/日本フィル(横浜定期)

2023年10月22日 | 音楽
 カーチュン・ウォン指揮日本フィルの横浜定期。プログラムはショパンのピアノ協奏曲第1番とブラームスの交響曲第1番。同プログラムで翌日には東京で名曲コンサートが開催される。両日ともチケットは完売だ。ソリストの亀井聖矢の人気のためだろうが、せっかくの満員の聴衆だ。日本フィルにも大いに気を吐いてほしい。

 亀井聖矢は2022年のロン=ティボー国際音楽コンクールで第1位を獲得した俊才。2001年生まれなので、今年22歳だ。藤田真央、反田恭平などスター・ピアニストが続出する中で、また一人才能豊かなピアニストが加わった。

 注目すべきはその音の美しさだ。まるで水滴のようなみずみずしさがある。それはたんに技術というよりも、ナイーブな感性の反映のように感じられる。長大なショパンのピアノ協奏曲第1番だが、そのみずみずしさは一瞬たりとも崩れない。しかも全体の構築がしっかりしている。完成度の高い演奏だった。

 アンコールにショパンのマズルカ作品59‐3が演奏された。ピアノ協奏曲第1番の繊細な音とは多少異なり、逞しさが感じられる音だった。

 ブラームスの交響曲第1番の演奏には、日本フィルの新たな可能性を感じた。それはどういうことかというと、カーチュン・ウォンとの共演で、いままでの日本フィルにはなかった音を身につける可能性があることだ。オーケストラとは不思議なもので、それぞれ固有の音をもっている。日本フィルの場合は創立指揮者の渡邉暁雄の音がまだ残っている。北欧的な透明で明るくひんやりした音だ。ドイツ的な体温の高い音とは異なる。それはカーチュン・ウォンの前任者のインキネンの音でもあった。それはそれでひとつの個性だが、今回のブラームスの交響曲第1番を聴くと、そこに熱量の高さが加わる可能性を感じる。ドイツ音楽にはふさわしい音だ。

 もうひとつ感じたことは、カーチュン・ウォンの演奏の特徴が、とくに強調したいフレーズの頭にテヌートをかけ、またフレーズの最後の音をしっかり出させることにより、音楽が淡々と流れることを防ぎ、多数の層が立体的に構築される点にあることだ。結果、その演奏は発見の連続となり、退屈することがない。加えて、フレーズの終わりが明確なので、呼吸感が生まれる。聴いていて疲れない。

 横浜定期ではオーケストラのアンコールが恒例だが、今回はなかった。それも良い。プログラムの言葉にあるように、ブラームスの交響曲第1番はオーケストラの「マスターピース」だ。その後にありきたりの曲は不要だろう。
(2023.10.21.横浜みなとみらいホール)

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