アチャコちゃんの京都日誌

あちゃこが巡る京都の古刹巡礼

893  新シリーズ 令和に巡る京の神社  ⑦ 木島坐天照御魂神社

2022-01-20 10:20:17 | 日記

第7番 木島坐天照御魂神社(このしまにましますあまてらすみたまじんじゃ)

   通称 蚕の社

 

右京区太秦森ケ東町50番地

天之御中主神 大国魂神  穂々出見命  鵜茅葺不合命  瓊々杵尊

ご利益 学業向上・業容拡大

京都には3大〇〇と、言う名所が多い。例えば、京の3大祭りと言えば「葵祭・祇園祭・時代祭」である。一方、京の3大奇祭となると「鞍馬の火祭・広隆寺の牛祭・今宮神社のやすらい祭」。他に、京都3大念仏狂言は、「壬生・千本えんま堂・嵯峨(清凉寺)」、京の3棚は、「醍醐棚(醍醐寺三宝院)・霞棚(修学院離宮)・桂棚(桂離宮)」こちらは天下の三大名棚と言う。そして、こちら木嶋坐天照御魂神社には京の3珍鳥居の一つがある。あと二つは、京都御苑内の「厳島神社の唐破風鳥居」と、北野神社摂社の「伴氏社の蓮社石鳥居」だが、こちらの珍しい鳥居は境内奥の神泉である「元糺の池」にある。

なんと柱が3本ある。由来は不明だが三角のそれぞれの辺の示す方向が秦氏の重要地である松尾山や稲荷山の方向を示しているらしい。(所説あります。)現在は枯れているが手前の池の水が鳥居の周辺まで満たされていて、「禊の池」だったようだ。土用の丑の日には、下賀茂神社同様の御手洗祭(足つけ神事)が行われる。こちらを「元糺の池」、周辺を「元糺の森」と言うからは下賀茂神社よりも歴史は古いという事だ。

境内は、右京の太秦にあり、広隆寺の真東である。また摂社に養蚕神社があることから秦氏との関係性は間違いない。従って、京都市内でも最古の神社の1つに位置づけられる。現在境内は京都の歴史上重要な遺跡であるとして京都市指定史跡に指定されている。

正面鳥居は神明鳥居で白木が真新しい。舞殿の奥の本殿の東側には蚕養神社がある。その為「蚕の社」と通称される。主祭神よりも摂社が通称名となることから秦氏の影響の大きさが分かる。太秦(うずまさ)の語源が、うずたかく積まれた絹製品を表わすとも言われる。確かに、太秦の太も秦も「うず」とも「まさ」とも読めない。必ず、広隆寺は合わせて訪ねたい。京都の歴史は渡来人の活躍抜きには語れないのだ。韓国や中国ともっと仲良く出来ないものか?

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