No.129 「頭にきてもアホとは、戦うな」 わろてんか
私には、2才年上の姉がいます。子供の時から私たちは仲がよくありま
せん。その理由は、私が生意気で姉を尊敬しなかった事、母が3人の
子供で唯一の男児である私を贔屓した、というような静的なものと、
テレビのチャンネル争いのように動的なものがありました。姉は、
地元の保育専門学校を卒業すると大阪で保母として働き始めました。
その間にエホバの証人になりました。
姉は今まで一度も結婚せず、肺炎で父が68才で亡くなった1992年頃
に鳥取の実家に帰って母と二人で暮らしています。妹が嫁いだので、
母が独りになったからです。私は22才で就職して以来、鳥取で生活
していないので、母と暮らして来た姉に対して負い目があります。
姉は母と一緒に住んでいますが、母の世話をしている訳ではあり
ません。姉は朝早くにスーパーマーケットで総菜作りをし、昼間は、
伝道、集会、睡眠で、掃除、料理、梨の施肥などは高齢の母がして
います。母は、家事をしない割に立派な事をいう姉の批判をしてい
ます。私は、母が姉を批判を聞く度に、彼女がいつも読んでいる聖
書の言葉の通りに生きない姉に対して憤りを覚えます。実際、一度
は面と向かって批判したような記憶があります。
私は、2年前に再就職活動を止めて実家での梨栽培に取り組むことを
決めました。農繁期の5月と9月には、母と姉と私の3人が一緒に
農作業に励みます。作業の合間に、姉は、一日に数回、私の発言、
行動について文句を言い、あるいは母を通して批判したり、侮辱し
たりするのです。一昨年前までは、これに対して反論をしていまし
たが、止むことがないので、昨年は、何を言われても聞き流すこと
にしました。一年前に読んでうなづく事が多かったベストセラー
「頭にきてもアホとは、戦うな」の影響もありました。この本の
著者は、前参議院議員の田村耕太郎で、私の高校の4年後輩です。
中学生の時に は、 同級生だった彼の義理の兄から決闘を挑まれ
て、つかみ合いのケンカをしたことがあります。結果は時間切れの
引き分けで、顔にひっかき傷をつけられたのを覚えています。
昨年、姉との会話を避けている内に発見したのは、もっと良い対応
策です。それは、姉のとげとげしい言葉を「冗談」と解釈して、
鷹揚に受け止める、可能であれば、笑いながら対応するというもの
です。「あさが来た」以来、ずっとNHKの連続テレビ小説を楽しん
でいますが、今、放映中の「わろてんか」を見ていると、大阪人
は、きついツッコミをいれながら、その場を暖かくするという高度
な会話をしていることに気付きます。生真面目な東京人、あるいは
鳥取東部人は、ツッコミをいれるという習慣を持っていません。
(鳥取西部の米子は、明るくておもしろい)
私と姉の関係を長々とお話しましたが、このようなギスギスした
関係は、普通にあることだと思います。冗談やツッコミは、関係を
悪化させる危険性があるので、技術と注意が必要ですが、広い
おだやかな気持ちと笑顔は、リスクがほとんどなく、人間関係の
改善に役立つと思います。








