No.123 明日死ぬかのように(きれいに、親切にして)生きよ。
永遠に生きるかのように学べ。
GWには実家(鳥取市)に帰りました。目的は梨の袋かけです。
今年は、1月の豪雪のせいか、実が小さくて袋かけの開始が
少し遅れました。空き時間が出来たので、家の脇道の補修を
する為、生まれて初めてセメント工事をしました。20kg
(砂と砂利が不要)で600円。重いのですが、思ったより
作業は簡単でした。脇道をきれいにした後は、果樹園や畑でも
セメント工事をしました。2月に始めた陶芸とセメント工事は、
似ていると思いました。
さて、私は、この8年の間に6回、学生や社員向けに、人生に
ついて90分の講演(英語又は日本語)をしたことがあります。
講演は、基本的に自己紹介の延長で、どのように困難を克服
して来たか、どのような言葉が力を与えてくれたかを熱く語り
ました。
講演の最後は、いつもマハトマ・ガンジーの言葉、
Live as if you were to die tomorrow. Learn as if you
were to live forever.
(明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ。)
で締めくくっていました。
この言葉、特に後半が好きだったからです。しかし、この言葉
の前半をよく考えていませんでした。なんとなく「生きること
をあきらめるな」「悔いを残すな」「楽しめ」という様に理解を
していました。でも、「生きることをあきらめるな」は、長生き
を切望しており、死にたくなるような状況にない私には、強く
迫って来ませんでした。また「悔いを残すな」は、後半にも
当てはまる解釈であり、「楽しめ」というと刹那的、享楽的、
背徳的な感じがして違和感がありました。
幸いなことに50日ほど前に、前半部分について、全面的に
受け入れられる解釈が出来ました。それが冒頭の言葉です。
明日死ぬかのように(きれいに、親切にして)生きよ。
永遠に生きるかのように学べ。
Live (being) pretty and kind as if you were to die
tomorrow. Learn as if you were to live forever
今日という日に、自分と周辺をできるだけきれいにする、自分の
周辺の人にできるだけ親切にするという生き方です。美化と親切を
明日に先送りしないのです。これこそ、学び続けることと同様に、
よく生きる方法だと思うのです。
アウトドア活動に「来た時よりも美しく」という言葉があります。
この世を去る時には、この世に来た時よりもよい世界になるように
少しでも役立ちたいと思います。








