Masafumi Otsuka
ちょこっと告知。3/10(日)に半年ぶりにDiscussionを体験するセミナーを行います。お申し込み、詳細はこちらを御覧下さい。さて、今回のブログ記事。久しぶりに体験セミナーをやろうと思ったことに関連しますが、最近英語力も仕事力も十分に備わっているのに、「私にはまだDiscussionなんて無理。もう少し勉強して英語をちゃんと話せるようになってから大塚さんのセミナーに参加させてください」と言われ、残念に感じることが多い。英語力さえ頑張って伸ばせばDiscussionする力も自ずとついてくると思っている人が多いように感じます。
でも正直TOEIC 700点の人と900点の人が初めてDiscussionに参加して出せる力は変わりません。一瞬で置いていかれてしまいます。求められているスキルが全く違うのです。先日もあるワークショップに参加してまさにこれを体験しました。まず課題が与えられ、いくつかのグループに分けられ、その解決策を英語でディスカッションし、最後に誰かがグループを代表して発表する。
私のグループは全員日本人でしたが、恐らく皆さんTOEIC 850以上は持っていたと思います。実際にdiscussionがはじまり、まず誰かが「私はこう思う」といいます。すると別の人が「私はこう思う」と続き、「はい、次の人!」みたいに、それが一周してしまう。当然それぞれ「なるほど!」と思わせる意見をいっています。
ただこれだとgroup thinking、group decision makingをしているというよりも個々の意見・感想の出し合いになってしまい、話がまとまりません。Discussionの目的は、一人で考えても解決出来ない問題に対してそれぞれ違うバックグラウンドの持つ人達が集まりグループとして具体的な解決法を出すことであって、連帯責任でこれを成し遂げなければならない。
だから「私はこう思う」という考えが出て来たら、その考えに乗っかり「でもそれには**という問題点があるのでは。どうやったらそれを解決出来るか。。。」と誰かが掘り下げ、「それだったら**はどうか」、「いや、こっちの方がいいんじゃないか」とか「あっ、それ面白いね!」と皆でアイディアを出しながら解決策をどんどん具体化していく。
でもどうしても我々日本人にはこのやり方に違和感を覚える。何故か。公の場で「私はこう思う」といった日本人に対し、日本人が日本語で「でもそれには**という問題点があるのでは」とはなかなかいいづらい。相手の考えを否定するのは失礼なのでは、恥をかかせてしまうのではないか、と考えてしまうし、言われた方も自分自身が否定されている気持ちになってしまい、いい気がしない。
だったらあえてそんなことをいって場をの空気を乱さない方が良い。正直、私も日本人に対し、日本語で話している場合、「ちょっとそれって違うのでは」と公の場では言いづらい。日本には公の場でその場で物事を決めるDiscussionを行う文化がないように感じます。
Group thinking、group decision makingというスキルは英語力、英会話力、日本人が考える議論をする力とは全く違うスキルです。ただその参加の仕方、ルールさえ分かれば誰でも身につけられると思っています。ただほとんどの方々は英語力の延長線上にあると思っているし、英語業界もそうした幻想をみせているような気がします。
十分準備ができている(TOEIC 700以上)人はさらに準備に時間を費やすのをやめた方がいい。早くこっちの世界に来て、group thinking、group decision makingでの参加・貢献方法を学んだ方がいい。ということで半年ぶりにDiscussionを体験するオープンセミナー(無料)をやることにしました。
英会話学習ともTOEIC学習ともまったく異なる、group thinking、group decision makingに参加するとはどういうことなのか。それを習得するには、何を心がけるべきなのか。きっと、何かを感じていただける、気付きの多いセミナーになると思います。3/10(日)午前10時~12時です。お申し込み、詳細についてはこちらを御覧下さい。
ブログを更新。私は「日本には公の場でその場で物事を決めるDiscussionを行う文化がない」と感じています。異論反論是非聞きたいです。
Kentaro Taniguchi 日本人は「Lets agree to disagree」という概念がないのが根本的な問題なのではと最近思います。それがあると、違う意見に対して建設的にアプローチできるのでは。
Masafumi Otsuka いいとか悪いとかではなく本当にそう思います。概念がないから周りもみんなそのはずだと100%確信している。ここが問題かな。あとその場でどのように決まるか分からない、どう転ぶか分からないような状況を好まない。だから事前に根回しをする。日本人同士ですべてが完結する場合はこちらの方がはるかに効率的かと思うが、外国人から見るとその根回しに入れてもらえない分unfairかつ非効率に感じてしまうんだろうな。。。
Kentaro Taniguchi 最終的にdisagreeするというオプションもある事を知ると気持ちが楽です。disagreeするのは決してネガティブな事ではないという事をまず理解しないと。
Masafumi Otsuka そうだね。してもされてもno offense (あなたを否定しているわけではない)ということだね。よくseparate the people from the problemというが、日本語で話すと私も人によってseparate出来なくなる時があります!ある人類学者が"“…a language is not just a body of vocabulary or a set of grammatical rules. A language is a flash of the human spirit. It’s a vehicle through which the soul of each particular culture comes into the material world.”といったのを思い出しました。
Kentaro Taniguchi そうね。これはアジア全般に言える事だけど、disagreeされる事を個人的に受け止める傾向があると思う。単にideaや意見に対してdisagreeしてるだけなんだけどね。そういう意味ではアジア人はナイーブかも。もっとthick skinにならないと。
稲墻 正 多くの日本人には、他の人と異なる意見をいうことに強い躊躇い(恐れ。。。気遣い。。。)があると思います。だから議論が深まらないのでは。。。「和」を尊重しすぎていること(時)も。。。
Masafumi Otsuka そうですね!やはり和を尊重する。溢れんばかりの気遣い。天災が起きても盗みがおきない。この良さを犠牲にしてまでなんて考えてしまいます。これはコインの裏と表なのか?ちょっと考えてしまいます。
稲墻 正 昨日、為末大さんの「自分軸で挑む」という講演を聞きました。期待を裏切らない中身の濃い講演でした。為末大さんがQ&Aで大塚さんのコメントに似た回答をされたので少し驚きました。「アメリカ人は自分軸を持っている(人が多いが)、3/11の日本人の姿を見ると、自分軸を持っている(人が少ない)日本人もいいな、と思うが、もう少し(majorityから)離れても良いかと思う。」http://www.academyhills.com/school/artcollege/detail/113766_Tamesue_takenaka20130227.html
稲墻 正 為末語録を紹介します。「人はものさしの中で生まれてくる。」「いわゆる成功は多数の評価で決まる」「自分軸を作るのは難しい。大多数のものさしから距離をおけるか?」「流行から距離を置く」「大事なものが多いと手段がぶれる」「すごいものには理由があるものだと思いすぎない」「魔法も秘密も大体、無い」「仮決めでいいから大事な者を絞っておく」「走りながら考える」「自分や転職を探しすぎない。人生は有限である」「努力してもかなわないことがある」「引退は損切りである」「志を持っていれば手段にこだわらなくなる」私よりも20歳も若い人に教えられています。
Masafumi Otsuka 稲墻さん
シェアありがとうございます。為末さんの言わんとしていること、すごく良くわかります。この感覚がうまく説明出来ない。特に最後のmajorityから距離を置く感覚。日本にいると余程強い気持ちでうまく立ち回らないと村八分にされる。
私は自分で仕事をしているのでどんなに偉い人(得てしてmajorityのリーダーとして祀られている ^^)、でも威張っている人や負のオーラを出す人には近づかないようにしています。
稲墻 正 大塚さん、コメントありがとうございます。(待ってました~)私は、昨年秋に早期退職して、無職なので、嫌いなタイプ(=言うことだけ立派な人)には、近づかないでいることができます。でも再就職も考えているので、影響力のある人に惹かれる気持ちが捨てきれません。。。でも、どんなに影響力を持っている人であっても嫌いなタイプだったら頼ることはしません。(きっぱり)
Masafumi Otsuka 異議なしです^^
稲墻 正 為末大さんのセミナーの司会者(竹中平蔵さん)が、Q&Aの途中でボソッと言われた独り言が印象に残っています。「自信があるからmajorityから距離がおける。。。トートロジーになってしまう。。。」「自信があるからmajorityから距離がおける」にはかなり同意できます。 「トートロジーになってしまう」の部分にも、このコメントを書き始めるまでは、「そうかも」という気持ちがありましたが、今はそうではないだろうと考えています。Wikipediaが正しいとすれば、トートロジー(Tautology, ギリシャ語:ταυτολογία)とは、ある事柄を述べるのに、同義語[1]または類語[2]または同語[3]を反復させる修辞技法のこと。です。「自信がある人は、自分を信じている」とかが、トートロジーと言えるかな。。。
Masafumi Otsuka 私の場合は過去いろいろな人に振り回され続け、そのお蔭で結構痛い思いをしたコンプレックスの固まりで、「自分に自信がある」というよりも「自分の偉さを威張り散らしながら周りの個性を潰していく人が許せない」のと自分が"deeply care about"することを徹底して追求したいという好奇心がモチベーションになっています。あとは人の真似が嫌いで、だったら自分でなくその人にやってもらった方がいいとすぐ冷めてしまうひねくれ者です(^^)。
稲墻 正 これは脱線ですが。。。雑談力が上がる話し方―30秒でうちとける会話のルール(齋藤 孝)のAMAZON書評に、「5つ星のうち 3.0 雑談ができる向け人の本」とあり、トートロジーの様でおもしろいと思いました。為末さんの「自分軸で挑む」という講演は、「自分軸を持っている人」だけに役立つ講演だったかも。。
稲墻 正 私の場合は過去いろいろな人に反発して振り切り、何度か痛い思いをしました。今回の会社勧奨の早期退職もこの影響があると考えています。反発(批判)を抑えた方がよいと思う気持ちと、抑えない方が良いと思う気持ちと未だに結論を得ていないので。。。50歳を過ぎた今でも時々、反発(批判)した言動をしています。。。反発(批判)をどうするか。。。加減、程度・バランス・TPOを考えて、というのが一般的な答えだと思いますが。。。
ちょこっと告知。3/10(日)に半年ぶりにDiscussionを体験するセミナーを行います。お申し込み、詳細はこちらを御覧下さい。さて、今回のブログ記事。久しぶりに体験セミナーをやろうと思ったことに関連しますが、最近英語力も仕事力も十分に備わっているのに、「私にはまだDiscussionなんて無理。もう少し勉強して英語をちゃんと話せるようになってから大塚さんのセミナーに参加させてください」と言われ、残念に感じることが多い。英語力さえ頑張って伸ばせばDiscussionする力も自ずとついてくると思っている人が多いように感じます。
でも正直TOEIC 700点の人と900点の人が初めてDiscussionに参加して出せる力は変わりません。一瞬で置いていかれてしまいます。求められているスキルが全く違うのです。先日もあるワークショップに参加してまさにこれを体験しました。まず課題が与えられ、いくつかのグループに分けられ、その解決策を英語でディスカッションし、最後に誰かがグループを代表して発表する。
私のグループは全員日本人でしたが、恐らく皆さんTOEIC 850以上は持っていたと思います。実際にdiscussionがはじまり、まず誰かが「私はこう思う」といいます。すると別の人が「私はこう思う」と続き、「はい、次の人!」みたいに、それが一周してしまう。当然それぞれ「なるほど!」と思わせる意見をいっています。
ただこれだとgroup thinking、group decision makingをしているというよりも個々の意見・感想の出し合いになってしまい、話がまとまりません。Discussionの目的は、一人で考えても解決出来ない問題に対してそれぞれ違うバックグラウンドの持つ人達が集まりグループとして具体的な解決法を出すことであって、連帯責任でこれを成し遂げなければならない。
だから「私はこう思う」という考えが出て来たら、その考えに乗っかり「でもそれには**という問題点があるのでは。どうやったらそれを解決出来るか。。。」と誰かが掘り下げ、「それだったら**はどうか」、「いや、こっちの方がいいんじゃないか」とか「あっ、それ面白いね!」と皆でアイディアを出しながら解決策をどんどん具体化していく。
でもどうしても我々日本人にはこのやり方に違和感を覚える。何故か。公の場で「私はこう思う」といった日本人に対し、日本人が日本語で「でもそれには**という問題点があるのでは」とはなかなかいいづらい。相手の考えを否定するのは失礼なのでは、恥をかかせてしまうのではないか、と考えてしまうし、言われた方も自分自身が否定されている気持ちになってしまい、いい気がしない。
だったらあえてそんなことをいって場をの空気を乱さない方が良い。正直、私も日本人に対し、日本語で話している場合、「ちょっとそれって違うのでは」と公の場では言いづらい。日本には公の場でその場で物事を決めるDiscussionを行う文化がないように感じます。
Group thinking、group decision makingというスキルは英語力、英会話力、日本人が考える議論をする力とは全く違うスキルです。ただその参加の仕方、ルールさえ分かれば誰でも身につけられると思っています。ただほとんどの方々は英語力の延長線上にあると思っているし、英語業界もそうした幻想をみせているような気がします。
十分準備ができている(TOEIC 700以上)人はさらに準備に時間を費やすのをやめた方がいい。早くこっちの世界に来て、group thinking、group decision makingでの参加・貢献方法を学んだ方がいい。ということで半年ぶりにDiscussionを体験するオープンセミナー(無料)をやることにしました。
英会話学習ともTOEIC学習ともまったく異なる、group thinking、group decision makingに参加するとはどういうことなのか。それを習得するには、何を心がけるべきなのか。きっと、何かを感じていただける、気付きの多いセミナーになると思います。3/10(日)午前10時~12時です。お申し込み、詳細についてはこちらを御覧下さい。
ブログを更新。私は「日本には公の場でその場で物事を決めるDiscussionを行う文化がない」と感じています。異論反論是非聞きたいです。
Kentaro Taniguchi 日本人は「Lets agree to disagree」という概念がないのが根本的な問題なのではと最近思います。それがあると、違う意見に対して建設的にアプローチできるのでは。
Masafumi Otsuka いいとか悪いとかではなく本当にそう思います。概念がないから周りもみんなそのはずだと100%確信している。ここが問題かな。あとその場でどのように決まるか分からない、どう転ぶか分からないような状況を好まない。だから事前に根回しをする。日本人同士ですべてが完結する場合はこちらの方がはるかに効率的かと思うが、外国人から見るとその根回しに入れてもらえない分unfairかつ非効率に感じてしまうんだろうな。。。
Kentaro Taniguchi 最終的にdisagreeするというオプションもある事を知ると気持ちが楽です。disagreeするのは決してネガティブな事ではないという事をまず理解しないと。
Masafumi Otsuka そうだね。してもされてもno offense (あなたを否定しているわけではない)ということだね。よくseparate the people from the problemというが、日本語で話すと私も人によってseparate出来なくなる時があります!ある人類学者が"“…a language is not just a body of vocabulary or a set of grammatical rules. A language is a flash of the human spirit. It’s a vehicle through which the soul of each particular culture comes into the material world.”といったのを思い出しました。
Kentaro Taniguchi そうね。これはアジア全般に言える事だけど、disagreeされる事を個人的に受け止める傾向があると思う。単にideaや意見に対してdisagreeしてるだけなんだけどね。そういう意味ではアジア人はナイーブかも。もっとthick skinにならないと。
稲墻 正 多くの日本人には、他の人と異なる意見をいうことに強い躊躇い(恐れ。。。気遣い。。。)があると思います。だから議論が深まらないのでは。。。「和」を尊重しすぎていること(時)も。。。
Masafumi Otsuka そうですね!やはり和を尊重する。溢れんばかりの気遣い。天災が起きても盗みがおきない。この良さを犠牲にしてまでなんて考えてしまいます。これはコインの裏と表なのか?ちょっと考えてしまいます。
稲墻 正 昨日、為末大さんの「自分軸で挑む」という講演を聞きました。期待を裏切らない中身の濃い講演でした。為末大さんがQ&Aで大塚さんのコメントに似た回答をされたので少し驚きました。「アメリカ人は自分軸を持っている(人が多いが)、3/11の日本人の姿を見ると、自分軸を持っている(人が少ない)日本人もいいな、と思うが、もう少し(majorityから)離れても良いかと思う。」http://www.academyhills.com/school/artcollege/detail/113766_Tamesue_takenaka20130227.html
稲墻 正 為末語録を紹介します。「人はものさしの中で生まれてくる。」「いわゆる成功は多数の評価で決まる」「自分軸を作るのは難しい。大多数のものさしから距離をおけるか?」「流行から距離を置く」「大事なものが多いと手段がぶれる」「すごいものには理由があるものだと思いすぎない」「魔法も秘密も大体、無い」「仮決めでいいから大事な者を絞っておく」「走りながら考える」「自分や転職を探しすぎない。人生は有限である」「努力してもかなわないことがある」「引退は損切りである」「志を持っていれば手段にこだわらなくなる」私よりも20歳も若い人に教えられています。
Masafumi Otsuka 稲墻さん
シェアありがとうございます。為末さんの言わんとしていること、すごく良くわかります。この感覚がうまく説明出来ない。特に最後のmajorityから距離を置く感覚。日本にいると余程強い気持ちでうまく立ち回らないと村八分にされる。
私は自分で仕事をしているのでどんなに偉い人(得てしてmajorityのリーダーとして祀られている ^^)、でも威張っている人や負のオーラを出す人には近づかないようにしています。
稲墻 正 大塚さん、コメントありがとうございます。(待ってました~)私は、昨年秋に早期退職して、無職なので、嫌いなタイプ(=言うことだけ立派な人)には、近づかないでいることができます。でも再就職も考えているので、影響力のある人に惹かれる気持ちが捨てきれません。。。でも、どんなに影響力を持っている人であっても嫌いなタイプだったら頼ることはしません。(きっぱり)
Masafumi Otsuka 異議なしです^^
稲墻 正 為末大さんのセミナーの司会者(竹中平蔵さん)が、Q&Aの途中でボソッと言われた独り言が印象に残っています。「自信があるからmajorityから距離がおける。。。トートロジーになってしまう。。。」「自信があるからmajorityから距離がおける」にはかなり同意できます。 「トートロジーになってしまう」の部分にも、このコメントを書き始めるまでは、「そうかも」という気持ちがありましたが、今はそうではないだろうと考えています。Wikipediaが正しいとすれば、トートロジー(Tautology, ギリシャ語:ταυτολογία)とは、ある事柄を述べるのに、同義語[1]または類語[2]または同語[3]を反復させる修辞技法のこと。です。「自信がある人は、自分を信じている」とかが、トートロジーと言えるかな。。。
Masafumi Otsuka 私の場合は過去いろいろな人に振り回され続け、そのお蔭で結構痛い思いをしたコンプレックスの固まりで、「自分に自信がある」というよりも「自分の偉さを威張り散らしながら周りの個性を潰していく人が許せない」のと自分が"deeply care about"することを徹底して追求したいという好奇心がモチベーションになっています。あとは人の真似が嫌いで、だったら自分でなくその人にやってもらった方がいいとすぐ冷めてしまうひねくれ者です(^^)。
稲墻 正 これは脱線ですが。。。雑談力が上がる話し方―30秒でうちとける会話のルール(齋藤 孝)のAMAZON書評に、「5つ星のうち 3.0 雑談ができる向け人の本」とあり、トートロジーの様でおもしろいと思いました。為末さんの「自分軸で挑む」という講演は、「自分軸を持っている人」だけに役立つ講演だったかも。。
稲墻 正 私の場合は過去いろいろな人に反発して振り切り、何度か痛い思いをしました。今回の会社勧奨の早期退職もこの影響があると考えています。反発(批判)を抑えた方がよいと思う気持ちと、抑えない方が良いと思う気持ちと未だに結論を得ていないので。。。50歳を過ぎた今でも時々、反発(批判)した言動をしています。。。反発(批判)をどうするか。。。加減、程度・バランス・TPOを考えて、というのが一般的な答えだと思いますが。。。








