VIXX!暗闇を照らせ!

*性的表現を含む場合タイトル横にR18と表記します。
*実在の人物の名前を借りたフィクションです。

嘘(R18)

2019-11-04 04:02:13 | trash (ウォンシク×ホンビン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【嘘】

 

 

 

 

 


 

 そこに行くのは、もう何度目だろう。

 古びた低層建築ばかりの町の一角に数年前突如できた外資系の6つ星ホテルが、例の客の
宿だった。ガラス張りの壁を段差をつけながら横に連ねさせることによって弧を描かせた
ブロンズ色の建物で、
地下鉄の階段を上がったところにあるカラオケ屋の毒々しいネオン看
板の向こうに聳えるそのビルを眺めるたび、ホンビンは氷山を連想した。名前もロクに知ら
ないそのホテルに、彼は屡々呼び出された。

 洗い晒しのグレイのフーディーに薄青のジーンズを穿いたホンビンは、流線形の黒い外車
に群がるドアマンたちを遠目に見ながら正面玄関の前の道を通り過ぎ角を曲がって、ホテル
内に店を構える花屋のウィンドウ隣の小さな扉を押した。
 屋内に入るや緑の匂いがホンビンの鼻をくすぐった。入ったすぐそこにある花屋のガラス
壁の向こうには、彼の住む町の花屋ではまず見ることのない垢抜けた花々が、芸術作品のよ
うにして飾られていた。

「いらっしゃいませ、チェックインですか」
 ひっつめ髪のベルガールが笑顔で近寄ってきたので、青年は心の中で舌打ちした。どんな
隅っこから入ろうが従業員がすぐさま現れて、いかにも感じよく振舞いながら不審者でない
かをさりげなくチェックする。このホテルの厳重なセキュリティは、正当な泊り客だったこ
とのないホンビンにとっては誠に鬱陶しいものだったが、もちろんそんな内心はおくびにも
出さず、お得意の砂糖菓子のような笑顔で「僕、昨日から泊まっていますよ」とでたらめを
言うと、透き通るような白い肌に現れたあどけないエクボに見惚れていた新入りベルガール
はドギマギと非礼を詫び、真っ赤な顔で最敬礼した。

 ホンビンは元来喜怒哀楽を表に出す人間ではなかったが、ある日ある人物に「”エンタメ
業界”で働く者としては意識が低すぎる」と、厳しく指摘された。

「君は確かにイケメンだけれども、表情が単調で色気がない。まるで昔の扇風機だ」
「扇風機?」
「表情のパターンが弱・中・強しかないだろ」
「……なるほど」
「感心してる場合じゃないぞ」
 自分のことを常々「表情管理の魔術師」だと嘯いている小煩い店長にそんな説教をされた
時もちろんムカついたけれども、実のところホンビン自身自分の表情のレパートリーの少な
さに少なからずコンプレックスを抱いていた。無邪気に笑うことは得意だが、正直その顔し
かできなかった。
 病的な生真面目さと負けず嫌いの気質のある彼は、それから暇を見つけては鏡を覗き込ん
で、顔の角度やら目や口の開き具合やら顎の角度やらをあれこれ変えてみたりしながら、色
々な種類の表情作りの練習をコツコツと続けた。
「優しい表情」「悲しい表情」「純粋な」「上品な」「気怠い」「誘惑するような」「挑発
するような」「見下すような」「縋るような」「”感じている”ような」「”極まっている”よ
うな」etc.etc.

 廊下からロビーに出ると、高い天井から長方形の木製パネルが幾枚も垂れ下がった豪華な
シッティングエリアが現れる。輸入物らしい大きなソファと李朝家具が並んで置かれ、その
上には博物館にあるような白磁の壺が何気なく飾られている。
 絵空事のようなこの場所の突当りにある吹き抜け窓の外側には、万屋のような小売店や居
酒屋の安っぽいネオンが光っているのは完全に滑稽だった。だがその一方でそんな景色が見
えることで、この場所は、ホテルの中は、薄汚い庶民の世界とは隔離された特別な場所なの
だと強調されているようにも見えた。

 エレベーターホールに行く為にそこを横切ろうとした時、聞き覚えのある声が聞こえた気
がして、ホンビンは立ち止まった。

 シッティングエリアの中央に置かれた暖炉に見せかけた置物の傍で、いかにも良家の子女
といった華やかな風貌の若者が4,5人で立ち話をしており、その中にキムウォンシクらしき
者の姿を見つけたホンビンは思わず瞬きをした。

 七、八か月ぶりに見たキムウォンシクは、まるで別人だった。胸に小さな赤いエンブレム
のついた濃いネイビーブルーのセーターにチャコールグレイのウールのパンツに革靴という、
ホンビンの知っているウォンシクならば絶対にしないはずの服装だったので、最初はただ顔
が似ているだけの別人かもしれないと思った。しかしセンター分けした長い前髪の隙間から
ら覗いた真面目なんだかふざけてるんだかわからない目は、強い眼差しは、間違いなくあの
ウォンシクのものだった。
 若者グループのお喋りは盛り上がり、そこだけが学生街の居酒屋のようだった。エリア内
にいる大人たちは彼らに対し忌々し気な視線を送ったが、傍若無人な若者たちが上品で控え
めな非難などに気付くわけがなかった。
 騒々しいグループの中で、だがウォンシクは専ら聞き役のようだった。彼自身は発言せず、
誰が話す時であっても話者の方をまっすぐ見つめて神妙に聴いていたが、ある若者が興奮し
て捲し立てた時、どうしたことか突然吹き出した。
 左手で口を押えながら背中を丸めておかしそうに笑う彼の二の腕に、華奢な女の手が触れ
た。ウォンシクの隣にいたクリクリとした目の女の子が、ウォンシクの二の腕を軽く叩いて
彼を窘めていた。

「お客様」

 突然声をかけられホンビンは我に返った。慇懃な笑みを浮かべた、今度は男性のホテルス
タッフが目の前に立っていた。
「チェックインでいらっしゃいますか」
 ホンビンは顔を歪めて「いえ」と言った。さっきのように笑おうとしたが、顔が強張って
上手くできなかった。
「僕は」
 ウォンシクがこちらに視線を向けた気がして、自分の耳が赤くなるのを感じた。ホンビン
は背中を丸めてあたふたとエレベーターホールに向かい、折よく開いた扉の中に飛び込んだ。

 エレベーターの中には誰もいなかった。昇っていく小箱の中でホンビンは呆然とし、その
うち途轍もなく恥ずかしくなった。

 彼は赤い顔で何度も深呼吸した。




・・・・・・・・・・・・




「誤解だって言ってるだろう」

「……違う」

「それは、だから」

 窓際のソファに腰かけて大通りに面したビジネス街のビルを眺めながら携帯電話で漫然
と弁明を続ける客の足下に跪いて、ホンビンは一心にフェラチオをしていた。

「勘違いさせたんなら、それは申し訳なかった」

 全然申し訳なさそうだ。客のモノを犬のように舐めながらホンビンは思った。熱心に行
為を続けながらも、ホンビンは客の電話に耳をそばだてていた。何があったか知らないが、
客はもう30分以上漫然と謝罪を続けている。謝罪は口先だけで、彼にはまるで罪の意識が
ないということが第三者のホンビンにさえ感じられた。
 受話器の向こうから罵声が漏れ聞こえているが、客は気にする様子もなくホンビンの髪
髪をのんびりと揉み続け、ホンビンの上目遣いに気付くとにっこりと微笑んだ。

「うん、ああ……」

 客は突然ホンビンの髪を強く掴むと、頭を――自慰用の器具を扱うようにして――前後
に激しく動かし始めた。ホンビンは目を瞑った。

「そう言われても、どうしようもないな」




 電話を切ると、客はスマートフォンをベッドのマットレスに向かって思い切り投げつけた。
マットレスに叩きつけられたスマートフォンは跳ね上がり、毛足の長い絨毯の上に落ちた。
 客はホンビンの髪を掴んで立ち上がらせると膝に座らせた。背中から手を回して腹に手
を置いて布越しに撫で始めた。ホンビンの身体がビクリと動いた。
「お腹固いね。運動してるんだ」
 感心するように言ってホンビンのうなじに軽く口づけしながら、両手を少しずつ上方へ
と移動させた。乳首の位置を確認すると、まず親指の腹で撫で、勃ってきたのを見計らっ
て人差し指と中指で引っ掻くようにして素早く擦り始めた。
 ホンビンは背後から両腕を拘束されていて身体を捩ることもままならず、息を震わせな
がら客の太腿に手を置いて腰を左右に小さく揺らした。客は無言のままグレイのフーディ
の裾を捲り上げた。
 客は、肘でホンビンの二の腕をぐいと引っ張って彼の背を反らし、三本の指を交互に使
ってホンビンの乳首を嬲るという作業のみを執拗に続けた。鳩のように胸を張らせると、
もやもやとした快感は一層強まった。ホンビンは切なげに眉を寄せ、はあはあと病人のよ
うな口呼吸を何度も繰り返した。閉じた目の内側に、水溜まりに油を垂らしたような七色
の紋様が粘っこく広がった。
 身体に変化はとっくに起きていた。どうにかしてほしい下半身を客の膝に擦り付けよう
と腰を浮かせて捩らせたがどうにも上手くいかず、彼は縋るように客の太腿を強く掴んだ。
 客は相変わらず無言だった。耳元で鼻で笑う音が聞こえた。ホンビンの腰の後ろに固い
モノが当たっていた。
 客はホンビンの赤い耳朶を舐めてから柔らかく噛み、左手の指でホンビンの乳首を弄り
続けながもう一方の手でジーンズのボタンを外してジッパーを下ろした。下着に手を差し
入れた。
 固くなった竿を分厚い柔らかい掌でそっと包み、親指で先端を柔らかく撫でてくれた時、
ホンビンは身体をビクンと弾かせ、思わず声を上げた。溺れかけた者のように客の腕を掴んだ。

「そろそろかな」

 突然耳元で客の掠れた声が聞こえ、ホンビンは目を開けた。

 客はホンビンを突然突き放し、パッと立ち上がった。放り出されたホンビンはフーディ
は鎖骨の下まで捲り上がりジーンズは膝に引っかかっているという哀れな様で、崩れるよ
うにソファに倒れ込んだ。

 客は大股でスタスタと歩いてベッドに行くと、さっき怒り任せに投げ棄てたスマホを拾
い上げた。つい今しがたまでホンビンの乳首をさんざん弄っていた親指と人差し指でスマ
ホ画面をフリックしながら戻ってくると、赤い録画ボタンをタップしてレンズをホンビン
に向けた。

「さあ、続きは自分でやってごらん。撮ってあげるから。あとで何か食べながら一緒に見よう」
 薄く笑いながら、客は言った。




・・・・・・・・・・・・



 エレベーターに乗ると、ホンビンはよろよろと壁に手をついて溜息をついた。惨めさに
息が震えた。
 客のくれた封筒を覗くと規定料金の倍近い金額が入っていて、今日の自分の仕事は十分
評価されたのだと思った。
《評価? なにが評価だ。バカじゃないのか》
 ホンビンはもう一人の自分を振り払うように激しく首を振った。――評価された。僕は
評価された。非常に屈辱的な真似をさせられたが。だけどこれだけあったら生活費を差し
引いても結構な額の貯金ができると思った。それってすごいことだ。すごいことだ。

 三十歳までに一億ウォン貯めるのが彼の目標だった。具体的な数字目標を決めろと店長
に言われて作った目標だった。

 ホンビンは、いつの間にか自分の頬に涙が伝っていることに気が付いた。彼は下唇の裏
を思い切り噛んで手の甲で目を擦った。こんな目に遭ったのは初めてではないのに今日に
限ってなぜだか、死んでしまいたいほどの絶望感が彼を苛めた。気を紛らわせる為に彼は、
快活で現実主義で世間ずれした、あの気楽な店長のことだけを必死に思い浮かべた。店長
は、自分を見失いそうになったら目標を達成した後の明るい未来のことを考えろと言った。

 ――貯金が溜まったらそれを元手に店を始める。それとも大学に行くかだ。いややっぱ
り店を始める。三十になって大学行って、それで何になるんだ。店を始める時は、店長が
助けてくれると言った。場所は今の店の近くにして。いやその前に、もっといいアパート
に引っ越して。

 ホンビンの目から溢れた涙は止まらなかった。拭いても拭いても涙が流れ、どうしよう
もなくて彼はフードを被って俯いた。

 エレベーターが地上階について扉が開いた。ホンビンと入れ替わりに、手を繋いだ若い
カップルが入った。

 「本当にいいの」

 ウォンシクの声が聞こえて、ホンビンは振り返った。

 振り返ったホンビンのフードの中の目を、ウォンシクが見ていた。鳩が豆鉄砲を食らっ
たような目で見ていた。

 ホンビンはフードを脱いだ。真っ赤な眼でウォンシクを見て満面の笑みを浮かべた。子
供のように無邪気な笑顔で、ウォンシクを見た。
 
 

 


 




 







end