Drive you cｒazy

ミンメイの出番は新年を迎える時間帯となった。
メガロードが飛び立って初めての年越し。
盛り上がるカウントダウンイベント。
そしてミンメイの新曲初披露。
誰もが胸躍らせていた。
スローテンポにアレンジされた『甘い香り』を歌い終えると、歓声と拍手が会場に響き渡る。
「みんなー！起きてるー？！」
より強くなる声と拍手の音。
「地球を飛び立って初めての年越しがアタシとでゴメンねぇ」
茶目っ気たっぷりに冗談を飛ばすと、歓声は一斉に笑い声となった。
「さあ！もうすぐ時計の針が12時を指すわ！」
ミンメイが空を指差すと会場中央の上部にアナログ時計のホログラムが浮かび上がった。
「みんな！用意はいい？！10,9,8..」
ミンメイと一緒に全員がカウントダウンを叫ぶ。
３，２，１。
「Happy new year!!!」
再び湧き上がる観客達。会場の外では花火が打ち上げられている。
そして同時にかき鳴らされるアコースティックギター。
「新しい年を新しい曲で迎えましょー！」

　どこまで行こう　この船で
　あなたに会える港まで

この新曲を未沙は一人で聴いていた。
輝は家に帰ってきたものの、客間に閉じこもり未沙と会話はおろか、顔を合わせることすら避けている。

　気がつけばもう裸足で分厚くなっちゃった足の裏にも
　まだ痛いものはそこらじゅう
　散らばってこの胸刺すけれど　行かなくちゃ

輝は客間のベッドの中、ポータブルオーディオにイヤホンを付けてミンメイの新曲を聴いていた。

　私のカラダは痛みに反応する

---お前に踊らされる馬鹿な男になってみせようか？

　アナタの言葉
　アナタの鞭
　アナタの傷跡さえ好き

---そうしたら、お前は満足するんだろう？未沙。

　まるで美しい車を手に入れた気分
　一緒に行こう　この世の果てまで

輝は諦めたように目を閉じ、そのまま寝入ってしまった。
本当は未沙も輝も、ミンメイの歌に耳を傾ける余裕は無かった。
ミンメイの出番が終わると未沙は早々にTVの電源を切り、２階へ昇る。
そっと客間のドアの前に立つが、しばらくして寝室に入った。

新年の挨拶もろくに出来ないまま、ミンメイの新しいアルバムの発売日になった。
あれから家庭内別居状態だ。
未沙がどんなに話しかけても輝は応えてはくれない。
---疲れた。
いつまでこんな生活が続くのだろう。
未沙はCDをかけっぱなしにしたまま、ソファにもたれて目を閉じた。
輝は遅くに帰ってきた。
リビングに明かりが点いているので覗きこんで見ると未沙が眠っているのが見えた。
テーブルの上にはミンメイのアルバムジャケットが置いてある。
「……」
起こさないように静かにリビングに入った。
スピーカーからミンメイの歌声が流れている。

　きつい坂を駆け登って
　そしてまっさかさま
　最後の坂を駆け登って
　落ちていく

自分のコートを未沙の体に被せてやり、CDのスイッチを切った。
灯りを消して音を立てぬよう、2階の客間へ上がっていく。
軍服を脱ぎ捨て、ベッドに潜りこむ。
---何してるんだ？俺は。
馬鹿な男にもなりきれず、離婚も出来ず、宙に浮いた二人の関係。
目の上に腕を置き、下唇を噛んだ。

翌朝、カーテンの間からこぼれる朝陽の眩しさから未沙は目を覚ました。
---あのまま眠っちゃったんだ、私…。
だるさが取れないのはそのせいだと思った。
眠い目をこすりながら上体を起こすと、コートが床に落ちた。
「コート？…っ？！」
消えているCDのスイッチ、そして照明。
---私の事、気にかけてくれた…？
コートを拾い上げ、握り締めた。
久しぶりに触れた輝の優しさに喜びと、そして何故か懐かしさを感じて、未沙ははにかんだ。




Minmay's song:「四月馬鹿」「Drive you crazy」