UMUI（10）

真っ青な壁に真っ青の床。
真っ青なボディスーツを着たミンメイが中央に経っている。
後にCG合成する為に青一色のスタジオになっている。
さながら海の中か、空の中かと言ったところだ。
眩しいレフ版の反射光。
「カメラ準備いいかー？」
監督らしき人物がメガホンを振り回す。
プロモーションビデオの撮影本番。
「音流しまーす！」
片隅の機材の陰から若い男が合図を送る。
「よーし！スタート！」
カチンコが乾いた音を響かせると同時に音楽がスタジオに流れる。
曲に合わせてミンメイはバレエを踊るように手足を優雅に動かす。
だが、頭の中は昨夜のベンジャミンの事を考えていた。
---なんだろう…この気持ちは…。
真剣な表情は何度か見た。だけど、昨夜ほどの真顔は初めてだ。
今までも真顔になってもすぐ、いつもののんびりとした笑顔で和ませてくれていた。
それが、ミンメイにも心地よかった。
それなのに、他人にあそこまでの真剣な眼差しをした事が、ミンメイの心に引っ掛かっている。
---私にだけ、見せてくれていたものだと思っていた…。
「カーーーーット！！」
監督の大きな一声にハッとなり、撮影は中断された。
「どうしたの？ミンメイちゃん。なんか表情が冴えないんだよね～」
腕を組み、首を傾げる監督。
「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事しちゃって。もう大丈夫よ！」
「そうかい？まぁ、君が作った曲だから、どんな表現をしても良いと言えばいいんだけど、僕も一応監督なんでね。よろしく頼むよ」
歯を見せてニカっと笑い、もう一度準備をするよう周りに指示をする。
大丈夫と言ったが、そう簡単に切り替えられそうにもないミンメイはひとり佇んでいた。
---バカだな、アタシ。
フッと笑って、右拳をこつんと頭に当てた。
---なんでも自分は特別扱いされて当然だって思うのはクセなのかな。
キッと顔をあげ、カメラに向き直る。
「いつでもどうぞ！監督！」
「よーし！音流せ！スタート！」
再び曲が流れ、ミンメイが踊りだす。肩まで伸びたミンメイの黒髪が揺れる。
しばらくして、そこで踊っているミンメイは、ミンメイではなかった。
「カーット！」
監督が撮影停止の声をあげても、ミンメイはまだ踊っていた。
「ミンメイちゃん？」
少しして、何かに気づいた監督は無言でカメラに撮影を続行させた。
音の無いスタジオの中でミンメイは腕を挙げ、手首をひねるように動かし、一歩歩くにも膝を高くあげる事もあった。
音楽はミンメイの頭の中で流れている。
数分の間だろうか。ミンメイはフッと気を失い、その場に倒れた。
「ミンメイ!!」
「ミンメイちゃん!!」
マネージャーが驚き、監督もディレクターチェアから腰を挙げ、誰もがミンメイに駆け寄った。
「ミンメイ！ミンメイっ?!」
一番早く駆けつけたマネージャーがミンメイの上体を抱き起こし、軽く頬を叩いた。
するとミンメイはうっすらと瞳を開け、眼に移るモノの認識した。
「……マネー…ジャー…？」
「大丈夫か？ミンメイ」
ミンメイは大きく息を吐いて、自力で上体を起こす。
顔に手をあて、何をやっていたのか思い出そうとするが、思い出せない。
「アタシ…何してたの？」
「何って…覚えてないのか？」
「うん…」
ミンメイはトランス状態であった事を、誰も知らない。
それから2週間後。
編集されたミンメイのPVは街中の広告スクリーンに流し始められた。
久々のミンメイの新曲とあって、足を止めて見入る者がたくさんいた。
「キレイねぇ」
大抵の人が、そうつぶやく。
「ついこの間までは”可愛い”って印象しかなかったけど、最近キレイになったよね」
「恋でもしてるんかな？」
「歌も正直、アイドルなんてこんなもんかって思ってたけど、すごく上手くなったよねぇ」
「ねぇねぇ！ここんとこなんかさ、なんか神憑かってね？」
色んな人が誉めてくれている。
あれから夢の中に”ウムイ”が出てくる事は無かった。
あの時…PV撮影時の無意識の動きは”ウムイ”の所為なのだろうかと思っていたのだが、夢にも出てこないのでは、わからない。
---確かあの時…。
青の中で踊っていて、ふと空を飛んでいるような気がした
『Blue Bird』というタイトルの曲の所為かもしれない。
でも、それだけではなく、何かの力が、意識が、自分に働きかけた。
そんな気がした。
そう考えると、いつも誰かに見られているようで恐怖を感じる。
と、同時に何故か安心感もあった。
相反する感覚にミンメイは戸惑い、PV撮影終了からまたしばらく休暇を取らせてもらい、家に閉じこもっていた。
3LDKのマンションの一室。
リビングのドアを開け、寝室のドアを開け、客間のドアを開け…玄関以外のドアというドアを全部開け放つ。
「…出てきなさいよ」
訳のわからない感覚が答えを求めて彷徨っている。
「何が言いたいの？ノロってなんなのよ！」
寝室からリビングへの廊下をどかどかと歩きながら声を張り上げる。
「私が歌うんじゃなくて、あなたが歌いたいんじゃないの？”ウムイ”」
肩で息を吐き、少し落ち着いたところでソファに座り込んだ。
背を丸め、頭を抱えている。
「…何か言いなさいよ」
---”ノロ”って何なのよ…。
解らない事が重なって、ミンメイはパニック状態を起こしている。


つづく