松山櫨(はぜ)復活奮闘日記

失われてしまった松山櫨の景観を復活させようと奮闘していく日々の記録。

八女で紅櫨まつり

2008-11-05 21:15:31 | 復活奮闘日記
今日は八女市室岡の岡山公園山頂で「第七回紅櫨まつり」が行われました。

私は初めて岡山公園に行ったんですが、眺めの良い場所でした。小高い丘の上にあり、眼下に八女の町全体を見下ろすことができます。明治44年11月に、明治天皇がこの場所に立って軍の演習の陣頭指揮を行ったのだそうです。確かに、ここなら陣形を指揮するには絶好の場所のようでした。

この室岡は、あの29才で夭折した天才画家・青木繁の母の実家があった所です。青木繁は小さい頃、たびたび八女の室岡を訪れては、まさしくこの岡山公園山頂で「画壇のアレキサンダー大王になる」と誓ったと言われています。折しも室岡は当時櫨蝋の日本一の産地。櫨の風景で育った青木繁は後年、母や故郷を偲び有名な短歌を詠みます。

「我が国は 筑紫の国や 白日別 母います国 櫨(はじ)多き国」

今日の「紅櫨まつり」では、画家の杉山洋先生から八女と縁が深い青木繁の話をお聞きすることができました。29才という永遠の青年である青木繁よりも、数十年人生経験を経てきた白髪の先生が絶賛しながら「青木繁先生の絵は数年以内に国宝になる!」と誇りをもって言われているのを聞いて、あらためて青木繁という天才画家の凄さを思い知りました。


上記の短歌に「笛吹童子」や「紅孔雀」を作曲した福田蘭童(なんと青木繁の息子!)が曲をつけた歌を岡山小学校合唱部の生徒さんたちが歌ってくれました。初めて聞きました。大正ロマンっぽいレトロなメロディです。これを2008年現在の子ども達の歌声で聞くなんて、まるでタイムスリップしてるような感覚に陥りました。


「母います国」の歌碑に献酒の間、退屈になった子ども達が「写真撮って!」とおねだりしてるところ。青木繁の幼少時代もこんなだったのかな?


青木繁の歌碑の解説。この「紅櫨まつり」は岡山公園を守る会や八女・本町筋を愛する会の尽力によって行われています。特に八女・本町筋を愛する会では青木繁の愛した櫨の風景を取り戻そうと、平成五年から高速道路沿いに1000本以上の櫨を植栽してきました。


今年の櫨の状態を見に高速道路脇を訪れてみました。少しだけ紅葉が始まっています。しかし大きい実がたくさんなってますね。今月後半にはもうちょっと紅くなりそうな気配です。

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