中野笑理子のブログ

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夫の笑顔を見て泣く

2017年07月09日 | 日記

夫の状態は1週間経っても変わらず、まともな会話は出来ませんでした。
病院からは、出来るだけ顔を出して話しかけてあげて下さい、と言われたので毎日会社帰りに病院へ寄るようにしました。
母の介護もあるので面会終了時間の午後8時までいれない時もありましたが、出来る限り一緒にいるようにしました。

会社を出て病院へ寄り、会話にならない会話をして洗濯物を持って帰り、そのまま実家に行って母の介護を済ませて帰宅する。
帰宅してすぐ洗濯機を回している間に入浴し、翌日は病院へ持って行く着替えなどを持って7時前に家を出るという毎日でした。
家に帰っても食欲は湧かず、横になっても眠れず、これからのことを考えると暗澹たる気持ちになりました。

去年入院した時は意識はちゃんとしていたので、主人の経営する店の支払いやパートさんの給料支払いなどの雑事も言付かってすすめられましたが、店の事を訊いても何もわからない状態。
会社の昼休みに店へ行き、請求書や取引先の確認をして連絡し、支払いや仕入れの取り消しなどを行い、パートさんの出勤カレンダーを探して給料を計算し、連絡して振込先を教えてもらい(いつもは手渡しでした)、教えてもらえない人には直接手渡しに出向きました。
この頃、常に頭のてっぺんの真ん中辺りに痺れたような鈍痛があり、ただただ目の前に積まれた石を崩して行くような毎日でした。

そんな毎日の中で、常に明るく話しかけてくれたのが、病院の看護師さんたちでした。
去年の入院で母の介護のことも覚えてくれていて、大変だけど無理しないように、少しでも楽をして下さいね、と気遣って下さった事がとても有り難かった。

肝臓の数値も高かったので、幻覚や幻聴はアルコール依存症の離脱症状ではないかとも言われたのですが、数人の看護師さんたちが去年入院していた時と全然違うと証言して下さり、早期の退院を促されることもなく詳しい検査を受ける事ができ、やはり血腫と脳についた傷が原因であると判明しました。
やはり転院して正解だった、と思いました。

しかし夫は幻聴幻覚は少しずつ減ったものの、記憶障害、意識障害、運動障害が残っており、トイレに行くにも車椅子、病院に入院しているという認識も時に忘れるようでした。
4人部屋でしたが、カーテンで仕切ってあるため個室の店と勘違いしたのか、食事をしているとき「こういうとこもたまにはエエな」と呑気に言いながら、私の食事が出てこないので「(持ってくるように)言うたるわ」と言ったりしました。
日曜日ちょうど母がショートステイで面会終了時間まで病院にいることができた日、夕食に高野豆腐の卵とじが出たのですが、食べながら自分の齧った後の歯形の残った豆腐の形を見て楽しそうに「亀の親子」「猿が蚤取りしてるところ」「俺の横顔」などと子供のように言うので、思わず涙が出てしまいました。
そんな私を見て「何を泣いてるねん」と屈託のない笑顔で言うので、余計に泣けてしまいました。

先生からも看護師さんからも、薄紙を剥ぐように良くなっていくと思うので、時間はかかるけれど頑張りましょうと言われ、前向きに考えるように心がけてはいましたが、夫と対面するとその決意もむなしく脱力してしまう毎日でした。

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