シェイクスピアの喜劇 TWELFTH NIGHT 十二夜 の登場人物から、主人公VIOLAについて。
VIOLA
一番の主人公。
名前の由来は WILL。
このwillは、意思であり意志であり遺志でもある。
いづれにせよ、基本は《前向きな良き意志》とされる。
そう、VIOLAはそれを体現している娘なのです。
だから、彼女は常に前向き。
戯曲冒頭、海の嵐に難破して、自分一人が助かって、唯一の肉親である双子の兄を喪った悲嘆に暮れながらも、兄と同じ格好をして、兄としての人生を生きると決める潔さ。
そうと決めたら笑顔で前進あるのみ。
「あとは野となれ山となれ。時にこの身を委ねるの。さあ、連れて行け!」
もちろんシェイクスピアの名前もWILL。
言葉遊びと裏の意味をつけるのが大好きな彼がそれを意識しなかったはずはない。
ところでVIOLAが兄としての人生を生きるために自分に付けた名前は
CESARIO
セザリオ
この語の意味は《帝王切開》
古代Rome以来最大最強の英雄JULIUS_CAESARが産まれるとき、自然分娩ではなく、腹部切開により子宮から無理矢理引き出されたことから、後、そのように出産させることを帝王シーザーに倣い、帝王切開と呼ぶようになった。
つまりVIOLAは自らの新しい人生を、自然な誕生ではなく、無理矢理この世に引っ張り出された者として名付けたのである。
因みに、印刷された戯曲や台本にはVIOLAと登場人物リストに書いてあるが、その名前は劇を観る観客の耳には最後の最後になるまで明らかにされない。
彼女がまだVIOLAである冒頭ではLADYとかMADAMと敬称で呼ばれ、次に少年に変装して登場してからはずっとCESARIOという名前しか呼ばれない。
だからラストシーンで彼女が、死んだと思っていた兄に再会し、その兄が
「溺れ死んだはずのVIOLA!」
と叫ぶと登場人物のみならず観客までヒョエッ?と息を飲む仕組みに書かれています。
VIOLA
一番の主人公。
名前の由来は WILL。
このwillは、意思であり意志であり遺志でもある。
いづれにせよ、基本は《前向きな良き意志》とされる。
そう、VIOLAはそれを体現している娘なのです。
だから、彼女は常に前向き。
戯曲冒頭、海の嵐に難破して、自分一人が助かって、唯一の肉親である双子の兄を喪った悲嘆に暮れながらも、兄と同じ格好をして、兄としての人生を生きると決める潔さ。
そうと決めたら笑顔で前進あるのみ。
「あとは野となれ山となれ。時にこの身を委ねるの。さあ、連れて行け!」
もちろんシェイクスピアの名前もWILL。
言葉遊びと裏の意味をつけるのが大好きな彼がそれを意識しなかったはずはない。
ところでVIOLAが兄としての人生を生きるために自分に付けた名前は
CESARIO
セザリオ
この語の意味は《帝王切開》
古代Rome以来最大最強の英雄JULIUS_CAESARが産まれるとき、自然分娩ではなく、腹部切開により子宮から無理矢理引き出されたことから、後、そのように出産させることを帝王シーザーに倣い、帝王切開と呼ぶようになった。
つまりVIOLAは自らの新しい人生を、自然な誕生ではなく、無理矢理この世に引っ張り出された者として名付けたのである。
因みに、印刷された戯曲や台本にはVIOLAと登場人物リストに書いてあるが、その名前は劇を観る観客の耳には最後の最後になるまで明らかにされない。
彼女がまだVIOLAである冒頭ではLADYとかMADAMと敬称で呼ばれ、次に少年に変装して登場してからはずっとCESARIOという名前しか呼ばれない。
だからラストシーンで彼女が、死んだと思っていた兄に再会し、その兄が
「溺れ死んだはずのVIOLA!」
と叫ぶと登場人物のみならず観客までヒョエッ?と息を飲む仕組みに書かれています。