■ 「レッテル貼り」という最強のポジショニングを生かす戦略
僕のブログの以前のエントリでも書いたように、今回の総選挙における小泉首相の基本戦略とは、「自民党=郵政民営化=改革派、それ以外=民営化反対=守旧派」という、小選挙区選挙制度で最も有効な選挙戦略、つまり「正しい奴とそれ以外」という、誰にでも分かる強烈なレッテル貼りである。そして、このレッテル貼りの罠に自民党内反小泉派と民主党をいっぺんにはめたという意味で、「ポジショニング」は見事な成功を収めた。ここまではおそらく、小泉首相の天性の政治センスのなせる技だろう。
だが、ポジショニングだけでは「政権交代」というキーワードでマスコミを味方につける民主党に対していつまでも圧倒的優位には立てない。「レッテル貼り」の戦略を成功させるためには、人々の注意をそのレッテル以外に逸らせてはいけないからだ。そのレッテルに賛成だろうが反対だろうが、人々がそのレッテルの賛否について考え、議論し続けてくれるように誘導することこそが、まさに自民党のコミュニケーション戦略の成否の要なのである。
自民党の武部-安倍-世耕のラインは、小泉首相が打ち立てたこの圧倒的優位なポジショニングをいかに徹底的に有効に活用しきるか知恵を絞っているに違いない。仮に、8月8日の解散から9月10日の投票日前日までの選挙戦の期間を、大まかに10日ずつ3期間に区切ってみよう。
- 8月9日~8月19日(初期) 造反議員に対する対立候補を数回に分けて発表し、候補者の品定めをさせて自民党に注意を引きつけ続ける
- 8月20日~8月29日(中期) 各党の政権公約が発表になるのにあわせて郵政民営化の政策論争を挑み、民主党のあいまいさをこき下ろす
- 8月30日~9月10日(後期) ????
さて、問題はこれからだ。 候補者の品定めも終わり、郵政論争にも飽きたマスコミは、確実に自民党のメディア露出を抑えて論点を拡散させ、靖国や北朝鮮、増税、子育て支援、年金など面倒な話にネタを振り、自民党のエッジの利いたポジショニングの魅力を低下させようとする。コミュニケーション戦略のプロである世耕議員は、当然これらの対策をあれこれ検討していることだろう。後半戦の各党の出方が見物である。
■ 「良い商品が必ずしも売れる商品とは限らない」
8月25日のブロガーを集めた会見、そしてその後も続くネットメディアへの働きかけが今回の選挙でどう効果を及ぼすのかは見えづらい。だが中長期的に見れば、ブログあるいはネットメディアが(政治的な)コミュニケーション・チャネルの重要な1つと位置づけられたことで、ネットを利用する選挙マーケティングに2つの新しい法則が生まれることになるだろう。
- 世論への間接的な影響に注意を払う:自民党の一部が、ブロガーと直接つながる可能性が示唆されたことで、マスメディアがネットを「ネタ元」として参照することが増えるだろう。具体的には、、梅田望夫氏が書いているように、マスメディアがネットメディアの醸し出す雰囲気やそこで交わされた議論をまとめて紹介するという「後追い」の傾向がますます強まる。それは、参加者が少数かつディープだからといって、ブロガーが交わす政策論議や政治批評などを、政党や政府が放置できないことを意味する。
- 政策的意思決定のサイクルを短期化する:年月の単位で政策を固め、組織としての意思決定を下してから選挙に打って出るというタクトの政治が成り立たなくなりつつある。マスコミの番記者たちはそれでも許してくれるかもしれないが、ブログやネットメディアのタクトは1日、あるいは数時間である。このタクトで戦略的意思決定が下せないと、ネットを活かしての選挙は戦えないということになるだろう。
これらの傾向は公選法などとの絡みもあり、いずれも今すぐ始まることではないかもしれないが、次以降の選挙ではますます強くなるだろうということは言えると思う。
ただ注意しておきたいのは、2003年以降の政策プロセスにおいて変わったのはあくまで「商品をどう位置づけるか(ポジショニング)」と「それをどう伝えるか(コミュニケーション・ミックス)」という2つの部分だけであって、「どのように政策を形成し、法案としてまとめていくか」といった根本的なプロセスは、自民・民主両党ともまだ手探り状態だということだ。
特に自民党は、小泉首相の個人的爆破力で従来の支持団体を通じた政策集約プロセスを「ぶっ壊した」に過ぎないのであり、その後どのようにして党としての政策を集約していくのかというシステムのビジョンはまだ持っていないのではないだろうか。某電機メーカーの「破壊と創造」という標語に倣って言えば、「創造」の方にはまだ手が着いていないように思う。
ここ数年、民主党のマーケティング戦略が大成功を収め、「マニフェスト」が選挙のたびにキーワードとなってきた。が、どうも民主党はそのキーワードに寄りかかりすぎ、敵の闇討ちに油断していたのではないだろうか。今回の総選挙は、「良い商品が必ずしも売れる商品とは限らない、そして逆もまた真なり」というマーケティングの金言を、改めて世の中の人に思い知らせるものになるような気がしてならない。
完 (2005年8月29日)
■ PROFILE
関西生まれの30代男性。大手経済誌記者としてマーケティング分野を中心にさまざまな業界・企業を取材したのち、2004年末に記者を辞め、サービス企業に転職。「R30」のペンネームで、マーケティング的見地からビジネスや社会事象の評論を行う趣味のブログ「マーケティング社会時評」を更新中。ブログ界で高い注目度と影響力を持つ。将来の夢は専業主夫。
R30::マーケティング社会時評 http://shinta.tea-nifty.com/nikki/