TOEIC500点は選考に有利?不利?2012/2/29 7:00日本経済新聞 電子版
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今回の疑問は「TOEIC500点は選考に有利?不利?」
語学力を計る目安として使われる英語能力テスト「TOEIC」。企業のグローバル化が進み、エントリーシートなどで点数を聞かれることも多くなった。
中には選考の目安とする点数を公表する企業もある。では、990点が満点のTOEICで500点の場合、それは選考で有利になるのか、それともむしろ不利なのか…。
そもそも、TOEICは採用に影響するのか。
中央大のAくんは1年ほど前にTOEICを受験し、460点だった。エントリーシートに点数は書いていないという。「点数が低くてプラス評価にはならないと思うので」と理由を説明する。
他の資格の勉強に時間を割いていたため再受験して点数を上げる余裕はなかった。「書くなら700点以上はないとアピール材料にならないんじゃないかな……」
500点では「低い」と受けとめる学生が多いらしい。
TOEICは英語でのコミュニケーション能力を測る世界共通のテスト。国際ビジネスコミュニケーション協会が運営している。
中学・高校・大学といった段階での習熟度をみる「英検」や、留学先の大学などで必要な英語能力をみる「TOEFL」に比べ、ビジネスを意識した内容になっていると言われる。
同協会によると、2011年度入社の新入社員の平均は990点満点中494点。英語での日常会話に支障がなく、場面によっては仕事でも使えるレベルだそうだ。
同協会の資料によると「企業が期待するスコア」は「海外出張」の場合で505点以上、「海外赴任」で635点以上となっている。
ちなみに、エントリーシートで点数を聞くようになったのは2000年ごろからだそうだ。当時の新卒社員の平均点数は460点程度で、今よりも30~40点ほど低かった。
現在の部長・役員クラスの社会人が入社した1980年ごろの新卒社員の平均点は360~380点。100点上げるには300時間前後の勉強が必要と言われるから、今の学生はいかに勤勉かが分かる。
そんな勤勉な学生の平均を上回り、海外出張の目安にもギリギリひっかかりそうな500点。恥ずかしくはない水準に見える。
しかし、学生の心理は複雑だ。
慶応大のBくんは平均をはるかに上回る865点だった。海外赴任などでも全く問題ないと見られる水準だ。Bくんは「エントリーシートに書くとき、点数を水増しして900点台にしました」と打ち明ける。
「今の点数だと同じ海外志向の学生と比べられたとき見劣りしそう。帰国子女の人は900点以上持っていることが多いんです」と不安を口にした。
こうなってしまうと、TOEICを受けた意味が分からなくなってしまうが、かつてないほどに厳しい就職戦線で、学生はワラにもすがる思い。
企業が語学力を重視する姿勢に過敏に反応するのも無理はないようにも思える。
例えば、武田薬品工業。2013年入社の新卒採用から医薬情報担当者(MR)と工場勤務者以外はTOEIC730点以上を応募条件としている。
採用グループの佐藤由貴さんは「海外とやり取りするコーポレート部門や外国人上司がいる研究所など、仕事上英語が必要な場面が増えている」と背景を説明する。
「英語力だけで選考するわけではない」(同社)とはいうものの、具体的な数字を出されると学生は点数を意識せざるをえない。
同社はホームページ上で「TOEIC未受験の方は2012年1月に受験してください」と呼びかけるほどの徹底ぶり。提示された点数を見る限り、武田では「500点」とは言わない方がよさそうだ。
12年7月から英語を社内公用語にする計画の楽天では、入社後TOEIC650点以上の取得を努力目標としており、目標を上回らない社員は現場に配属されない。
100点上げるのに300時間かかるとすると、500点の学生が楽天に入社した場合、単純計算で450時間勉強する必要があることになる。
1日8時間勉強しても2カ月かかる。500点を隠して入社したとしても、配属までは英語漬けを覚悟する必要がありそうだ。(詳しくは2011年10月26日掲載の「公用語英語の楽天、ユニクロは面接も英語?」にて)
ただ、TOEICの成績が選考に直結するわけではない企業も意外と多い。
「500点程度でも不利にはなりません。受けていないなら未受験と書けばいいです」(凸版印刷)
「TOEICの点数は部活などと同様、面接の材料の1つにすぎません」(キリンビール)
エントリーシートに記入欄を設ける企業も多いが、必ずしも高い点を書く必要があるというわけではないようだ。
海外勤務が多い総合商社にも聞いてみる。
三菱商事の採用チームリーダーである久米邦英さんは「筆記試験さえクリアできれば、TOEICの点数が悪くても不利にはなりません。
実際に400点台で入社する方もいます」と教えてくれた。
海外駐在の要件の1つとして730点以上の取得を求めるが「もともと点数が低い人も必死になって勉強しクリアしています」とのことだ。
総合商社は他社も同様で、三井物産・人材開発室室長の磯崎憲一郎さんは「ビジネスで使えるコミュニケーションは現地で学ばないといけません」と話す。
ヤマト運輸・人材育成課の小坂隆弘さんも「TOEICの点数は関係ありません。たとえ400点でも資格欄に記入してあると海外志向が強いと前向きに受け止めます」と話す。海外赴任に必要な点数は定めていないという。
「700点以上必要とうわさされているようですが事実無根。点数が高ければ海外で活躍できるとも限りません」
米アマゾン・ドット・コムの日本法人のエントリーシートにはそもそも点数を記入する欄がない。HRリクルーターの鈴木由佳さんは「TOEICは対策をすれば高得点をとれるので、本当の英語力は測れません」と話す。
米国に本拠地を置く企業なので社内のシステムや文書は英語で書かれているが、社内の会議は基本的に日本語だそうだ。「我々は小売業なので、英語力よりも交渉能力などの方が大事です」と鈴木さん。
国際ビジネスコミュニケーション協会も「TOEICだけでは学生の語学力を把握しきれません」と認める。
すぐに点数をあげられるノウハウが広まっていることに加え、「TOEICはリスニングとリーディングの問題で構成されているため、英語を話したり書いたりする能力はわからない」のだ。
話す・書くに特化したテストが2007年に始まったが受験者数は約8500人(10年度)とまだ少ない。現状では、企業が調べているのは学生の語学力の一面だけということになる。
「(大量に応募してくる)学生をふるいにかけるという目的で利用している場合も多いのではないか」と同協会では見ている。
1990年代後半に「TOEIC730点以上は加点対象」と採用選考の条件を公開した富士通。現在はTOEICのスコアを採用時の条件から除外した。
人材採用センター長の豊田建さんは「730点という数字を掲げたところ、それを上回る点数の学生が集まりました。ただ、英語ばっかりできても仕方がない。
まずは仕事をするための基礎力が第一、英語はそれをグローバルに伝えるための手段でしかありません」と説明してくれた。
確かに英語はあくまでコミュニケーションのツール。伝え方だけにこだわっても、伝える中身がなければ意味がない。
取材を進めているうちに、こんな話も出てきた。
「中国語やポルトガル語、ロシア語なども重視していて、入社8年目までにそうした外国語の習得を目標にしています」(伊藤忠商事・採用人事開発室長の佐藤泰美さん)
コミュニケーションツールは英語だけではないわけで…。
■調査結果
熱意があれば500点でも大丈夫な企業が多い。