わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

新幹線がすれ違う瞬間に何かが起こる!?「奇跡」

2011-06-10 01:09:55 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img437 是枝裕和監督は、「誰も知らない」(04年)、「歩いても 歩いても」(08年)、「空気人形」(09年)などで国際的に知られる人である。人間の心の空隙を、日常的リアリズムの手法でとらえるのが特徴と言っていいでしょうか。その彼が、監督・脚本・編集を兼ねた新作が「奇跡」(6月11日公開)です。九州新幹線が全面開業する日(2011年3月12日)、博多から南下する“つばめ”と、鹿児島から北上する“さくら”、二つの新幹線の一番列車がすれ違う瞬間を目撃すれば、奇跡が起きて、願いがかなう-この瞬間をめざして、7人の子供たちが北と南から熊本の川尻駅まで旅をする-これがドラマの軸になっています。
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 主人公は、両親の離婚によって別れて暮らす小学生の兄弟。兄の航一(前田航基)は、母と祖父母とともに鹿児島で暮らしている。弟の龍之介(前田旺志郎)は、父と福岡で暮らしている。家族4人での生活を取り戻したいと願う航一は、新幹線の奇跡の噂を耳にして、一緒に合流点に行こうと龍之介を説得する。そして、友だち5人を入れて計7人、彼らは学校を脱け出し、川尻駅へと向かう。つまりは、家族の絆を取り戻そうと奇跡を願う子供たちの心が、新幹線の合流地点への旅に結びつくわけだ。苦心して旅費をかき集め、道に迷い、見ず知らずの老夫婦の家で一晩過ごしたりしながら、子供たちは目的地をめざす。
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 最初に是枝監督の頭に浮かんだ作品のイメージは、アメリカ映画のヒット作「スタンド・バイ・ミー」のような、子供たちが線路の上を歩いているようなものだったとか。だが、新幹線の線路は高架が多く、遠くや高い所から眺めない限り目線に入らない場所が多いことに気づいて、プロットが変更された。しかし、子供たちの目的や旅の手段は異なるけれども、冒険の旅に家庭内の問題がからみ、彼らの心の成長がつづられていく、という点では共通の精神を持った作品だと思う。なによりも、新幹線の一番列車が260キロのスピードですれ違う瞬間に立ち会い、奇跡を願うという発想が夢にあふれているではないですか。
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 そして、なによりも7人の子役たちの自然体の演技に惹きつけられる。主役の兄弟を演じる前田航基と前田旺志郎は実の兄弟で、大阪府出身。二人で小学生お笑いコンビ“まえだまえだ”として活動している。是枝監督は、ほぼ演技初体験の子役たちに脚本を一切渡さず、撮影当日のシーンの説明とセリフを口頭で伝えるだけという方法をとった。彼らを取り巻く家族や教師を演じるのが、大塚寧々、オダギリジョー、樹木希林、橋爪功、夏川結衣、阿部寛、長澤まさみらの演技陣。子役たちの自己表現がみごとなせいか、家族・兄弟間の情感のようなものが、やや不足。オール九州ロケで、桜島の降灰シーンが印象に残ります。


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