わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

思春期・反逆へのノスタルジー「50年後のボクたちは」

2017-09-19 15:54:58 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

 ファティ・アキン監督のドイツ映画「50年後のボクたちは」(9月16日公開)は、ほろ苦い思春期へのノスタルジーを軽快につづった作品です。原作は、ドイツ国内で220万部以上を売り上げ、26か国で翻訳されたというヴォルフガング・ヘルンドルフのベストセラー小説『14歳、ぼくらの疾走』。ドイツ児童文学賞などの賞を総なめにし、舞台版は、12~13年シーズンの最多上演作品になるというヒットとなった。日本でも、『チック』と題して上演されている。そんな人気小説を実写化したファティ・アキンは、「ソウル・キッチン」(09年)や「消えた声が、その名を呼ぶ」(14年)などの異色作で国際的な賞に輝いた経歴の持ち主。彼は原作に惚れ込んで、自ら映画化を熱望して本作を完成させたといいます。
                    ※
 14歳のマイク(トリスタン・ゲーベル)は、クラスのはみだし者で変人(サイコ)扱い。しかも母親はアル中、父は浮気中。そんなある日、チック(アナンド・バトビレグ・チョローンバータル)というちょっと風変わりな転校生がやって来る。チックは、ロシア移民の子らしい。夏休み、ふたりは無断で借用したオンボロ車“ラーダ・ニーヴァ”に乗って、南へ走り出す。窮屈な生活から飛び出して、まったく違う景色を目にするふたり。だが、旅は順風満帆というわけにはいかず、警官に追われたり、ガス欠になったり、トラブル続き。そんな危険な目に遭いながら、出会う人々と心を通わせ、自分たちの居場所を見つけていく。やがて無鉄砲な旅は、マイクとチックにとって一生忘れることのできないものになっていく。でも、旅の終わりは突然やってきて…まだ見ぬ未来へ向けて、マイクはある約束を交わす。
                    ※
 ドラマ展開は、ユーモラス、かつほろ苦い。たとえば、マイクが授業でアル中の母についての作文を読むと、同級生から「サイコ!」と笑われる。また、同じクラスの女の子に片思い中で、彼女の誕生日パーティーにはマイクとチックだけが招待されない。チックはチックで、目つきが悪く、ヘンな髪型をしていて二日酔い。これじゃ誕生日パーティーは無理だわ。両人、同類相哀れむ、というわけか。また、チックが借りただけという“ラーダ・ニーヴァ”は、どうやら盗んだものらしい。ふたりが目指すのは、チックの祖父が住んでいるという“ワラキア”(ドイツ語で未開の地を指す)。道中、マイクのスマホを車窓から投げ捨てるチック。「こんなもの、要らないよ。ひたすら南へ行けばいい」。そして、グーグル・アースで見られるために、マイクの指令でチックはトウモロコシ畑に車輪で自分の名前をサインする。あげく警官を見たチックはマイクを残して逃げ、マイクも警官の自転車を奪い逃走する。
                    ※
 このドラマで面白いのは、ふたりが少し年上の少女に出会うエピソードだ。燃料不足で、ほかの車からガソリンを盗むことを思いついたマイクとチックは、ゴミ山でホースを探す。その廃墟から現れるのが、髪は伸び放題、顔は泥だらけ、ボロボロの衣服を身につけた無愛想な少女イザ(メルセデス・ミュラー)。給油所でガソリンを抜き取ろうとして、うまくいかないふたりをイザが助け、慣れた手つきでガソリンを盗み出す。この3人が貯水池に飛び込み、体を洗うくだりがフレッシュだ。イザに頼まれ、彼女の髪を切るマイク。すると、見違えるほど美しい女性に変身。どうやら、マイクは彼女に惚れたらしい。いっぽうチックは、自分がゲイであることをマイクに打ち明ける。イザは、腹違いの姉がチェコのプラハに住んでいるという。やがて、広大な風景を見はるかす岩山に上った3人。チックが岩壁にナイフで3人の頭文字を彫る。そのあと、イザはマイクにキスをして、プラハ行きのバスに乗って去って行く。また車の事故で、マイクとチックにも切ない別れのときがやって来る…。
                    ※
 典型的なロードムービーだが、演出は切れ味鋭く軽快。車での移動、ドイツの森林地帯や畑。カメラ・アングルが斬新でスピード感あふれ、フレッシュなイメージ作り、音楽も効果的だ。だが、単なる思春期への郷愁ドラマではない。マイクとチックの視点から、社会・世界を冷徹に見据えるのだ。そこには中産階級への批判も込められる。どうしようもないマイクの両親、お高くとまった教師や同級生、体制の象徴である警官らへの反逆。また、3人の少年少女ともに落ちこぼれ、チックは移民、イザは境界性人格障害を抱えているとか。ともにアウトサイダーなのだ。マイクは、旅から戻り大人っぽく変身。惚れていたクラスメートに目もくれず、自己が確立したみたい。ラストは例の岩山。マイクが、イザとチックに語りかける―「50年後、ここで会おう」と。さて3人は、50年後も変わらぬ反逆心を保っていられるか? 原作者へルンドルフは、2013年に闘病の末ベルリンで死去。死の数週間前まで手を入れていたのは、イザを主人公にした未完の小説だという。(★★★★+★半分)



コメントを投稿