『英語屋さん』の宝箱

『英語屋さん』『英語屋さんの虎ノ巻』(集英社新書/電子書籍版)、『英語で夢を見る楽しみ』(財界研究所)の著者のブログ

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Director (取締役)

2006-09-30 11:32:30 | 英語・翻訳

 実務文書を日本語に翻訳していてよく戸惑うのが、組織の役職名。そもそも国によって企業制度や慣習そのものが違いますから適訳がないこともありますし、充てる日本語によっては誤解を招きかねません。


 拙著『国際業務のABC』 (pp.133-135)などでも触れましたが、Vice President(バイスプレジデント)などはその最たる例でしょう。「副社長」と訳せる場合もありますが、米国系の企業で単にVice Presidentといえば、多くの場合は部長または本部長級の役職です。Vice(副~)をつけるのは、日本でいえばさしずめ「支店長代理」のようなものでしょうか(ちなみに、本当の「副社長」ならSenior Vice PresidentとかExecutive Vice Presidentという肩書になっていることが多い)。


 Managerはふつう中間管理職、つまり部課長クラスをいいます。それよりも上級の役職になると、米国系の企業ではOfficerという肩書を使っているようです。日本の大企業もひと昔ほど前からこれを真似て、「執行役員」などと呼んでいる会社があります。


 いっぽう、会社の経営に携わる幹部はDirector(取締役)と呼ばれます。商法上の取締役(a member of the Board [of Directors])のことです。しかし、社内の組織の長としてのDirectorであれば、研究所のような施設の「所長」とか事業本部などの「本部長」を指すこともあります。財団法人のような非営利目的団体の幹部なら「理事」と訳したほうがいいでしょう。


 Directorという役職がどのようなものを指しているのか推測がつかない場合は、つい「ディレクター」とカタカナのまま訳したくなりますが、日本語で「ディレクター」というと、放送局や映画業界におけるそれの語感が強いので、なるべくなら使いたくありません。


 Managing Directorは、辞書を見ると「常務取締役」という訳語も出ていますが、英国系の企業では「社長」(=President)を指すこともあるので注意が必要です。いっぽう、Presidentとはいっても、本社のトップとしての「社長」ではなく事業部門(子会社)の長を指す場合があります。最近の日本の会社でも「プレジデント」というカタカナの肩書を使っているところがあるようです。それとの区別を明確にする意味もあるのでしょうか、本社の社長のほうはよく、最高経営責任者(Chief Executive Officer, CEO)最高執行責任者(Chief Operating Officer, COO)といった肩書を併用しているようです。


 民間企業の役職名は、その業界や会社でしか通用しないものもあります。聞きなれない役職名の翻訳を私のような産業翻訳者に依頼されるときは、その職責や機能を簡単に説明したほうがいいかもしれません。


(メルマガ「英語屋さんの作りかた」第40号掲載、一部改稿)



映画『フラガール』を見て

2006-09-28 11:48:05 | 随想

 都内でフラを教えている家内に引っ張られて、上映中の映画『フラガール』を見てきました。なにしろ出不精な私、映画館に足を運ぶのは『千と千尋の神隠し』以来、実に4年半ぶり。


 『フラガール』は、昭和40年代、エネルギー需要の変化に伴って閉山を迫られた炭鉱会社が地元の雇用確保のために建設した常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)に東京から招かれたフラダンス教師が、素人の田舎娘をフラダンサーに育てる物語。その経緯は、かつてNHKで放送していたドキュメンタリー番組『プロジェクトX』でも取り上げていましたが、この映画はそのストーリーを涙あり笑いありの娯楽作品に仕上げていました。生活のため娘に「腰ミノをつけて裸踊り」をさせることに対する炭鉱夫たちの屈辱感や怒り、東京から来たフラ教師との葛藤というモチーフもよかったと思います。


 家内のほうはフラを教える教師の側に感情移入して見ていたそうですが、私自身は昭和40年代の田舎の風景の描写に見入ってしまいました。私が育った北海道の田舎でもよく見かけた板葺き平屋建ての社宅や、通学に使ったのとよく似たディーゼル車を見て、懐かしさがこみ上げてきました。「よくできたCG(またはセット)だなあ」と思って見ていたら、そのほとんどが現存している建物や乗り物をロケで撮影したものだそうです。やはり、実写の映画はいいですね。ハワイのダイヤモンドヘッドの稜線を彷彿とさせるボタ山(ズリ山)を随所で見せた手法、有名なハワイのウクレレ奏者ジェイク・シマブクロが演奏するBGMも、全体の雰囲気をよく盛り上げていました。


 この映画は、あの高度成長期に日本全体が繁栄を謳歌していた陰で、このような苦労を重ねて生活の基盤を築いた人もいるという事実を思い出させてくれます。まだ、地域社会や会社が一種の共同社会として、人々の暮らしを守ろうとする古き良き時代だったのかもしれません。同じ地域振興策といっても、国がばらまいた金でひたすら「箱物」を作っては失敗したバブル期以降の社会の風潮に対する一種の警鐘と受け取るのは、少しうがった見方でしょうか。


 ところで、ひさしぶりに訪れた映画館は、数年前とはかなり様変わりしていることも驚きました。やわらかいイスで快適に見られましたし、夫婦割引や年齢による各種の割引も利用できるようになっていました。平日の昼間ということもあって映画館には年輩の人の姿も多く見られました。この国の映画産業の努力の跡が伺えます。


maglev train (リニアモーターカー)

2006-09-25 00:12:43 | 英語・翻訳

 9月22日にドイツで起きたリニアモーターカーの衝突事故では多数の死傷者が出たそうです。列車自体の技術的な問題ではないようですが、日本でも列車の衝突・脱線事故は後を絶たず、この種の事故を完全に防ぐのはどこでも難しいことなのかもしれません。


 その事故を伝える記事を見て思い出したのですが、日本語でリニアモーターカーと呼ばれているこの種の列車は、英語ではmaglev train(マグレブ、磁気浮上列車)というのが普通です。"maglev"はmagnetic levitation(磁気浮上)を短くしてできた言葉。


 この事故を伝えている記事の見出しを比べると、日本の新聞やウェブサイトでは「独リニア衝突」とあるのに対し、英語メディアの見出しでは"German train smashes into maintenance vehicle"(ドイツの列車が保守作業車に衝突=CNN)とか"Monorail disaster shakes Germany"(モノレール事故、ドイツに衝撃=BBC)のように、trainやmonorailというわかりやすい単語を使っていることに気付きました。その代わり、記事本文で改めてmaglev trainまたはmagnetic levitation trainという言葉を使って、その技術を簡単に説明していました。


 考えてみれば、「リニア」(linear)だけなら単に「線形」「直線」という意味ですから、「リニア」という省略語は、リニアモーターカーがどういうものかを知らない人にはわかりにくいと思います。もちろん、技術大国日本では誰でもリニアモーターカーを知っていて、「リニア」といえばそれとわかるという前提で記事を書いているのでしょう。


(メルマガ「英語屋さんの作りかた」第62号掲載)



curbside checkin (カーブサイドチェックイン)

2006-09-23 13:06:09 | 英語・翻訳

 先日の記事に書いたcheck-in kiosk(自動チェックイン機)と同じ文章に出ていて、訳語がすぐに出てこなかった英語にcurbside checkinというのがありました。


 curbsideを辞書で引くと「車道の縁石側、歩道」とあります。おそらく、車で乗りつけてそのままチェックイン(搭乗手続き)ができるようなシステムだとは察しはつきましたが、それに該当する日本語が見つかりません。


 いつものようにGoogleであれこれ検索してみたところ、意味はその通りでした。航空会社が自動チェックイン機を道路際まで持ち出し、搭乗客は車をその前に寄せてチェックインできる仕組みです。いかにも車社会のアメリカらしいサービスですね。


 カタカナ書きにして「カーブサイドチェックイン」とGoogleに入れてみたら、はたして、アメリカにはこういうチェックイン方法があると説明した日本語のウェブページがずらずらと出てきました。車も運転しなければ何年も渡米していない私には、インターネットがなければ調べがつかない言葉でした。


 その後しばらくして、成田空港でもターミナルの改修を機会にこれと同じサービスを導入したようです。使われている名称はそのまま「カーブサイドチェックイン」とカタカナ語。しかし、外来語をわかりやすい日本語で表記しようといわれている昨今、もう少しわかりやすい日本語の名前にしたほうがよかったような気もします。


(メルマガ「英語屋さんの作りかた」第37号掲載、一部改稿)



check-in kiosk (自動チェックイン機)

2006-09-21 12:56:37 | 英語・翻訳

 ここしばらく海外に出かけていない私の場合、新しい文物の日本語訳がなかなか出て来なくて、ちょっと考え込んでしまうことがあります。


 以前、旅行関係の文書を翻訳していたところ、check-in kioskという英語に出くわしました。「kiosk=売店?」と一瞬、戸惑ったものの、空港の話をしているのだからこれは当然、日本語で言うところの「自動チェックイン機」だと気付きました。


 ためしにGoogleに"check-in kiosk"と入れて検索してみたところ、海外の航空会社によって"Self-service check-in kiosk"とか"Express check-in kiosk"とか"Rapid check-in kiosk"と、いろいろな呼び方があるようです。


 念のため、「セルフサービスキオスク」とか「チェックインキオスク」とカタカナ表記で検索してみました。専門用語として使われている例はありましたが、一般的な呼び方としてはあまり使われていないようです。「キオスク」という言葉が日本語では「売店」をイメージさせることもあって、この意味では定着していないのかもしれません。日本語ではやはり「自動チェックイン機」というのがごく普通の呼び方なのでしょう。


 ただし、コンビニに置いてあってチケットなどを買える情報端末のことをその業界では「キオスク」(端末)と呼んでいるようです。


(メルマガ「英語屋さんの作りかた」第36号掲載、一部改稿)



子ネコ生かし

2006-09-18 12:01:49 | 随想

 私の住む東京都内の古い一軒家にはネコが2匹、同居しています。「飼っている」ではなく「同居している」と書いたのは、彼らがどちらも自らの意志でこの家を選んで住み始めたからです。つまり、どちらもノラネコの出身。


 先輩の雌ネコはまだ小さかったころ、ノラの母ネコが連れてきました。その母ネコは、「この子をお願いします」とでもいいたげな表情でしばらく私の顔を見つめたあと、どこへともなく姿を消しました。子ネコのほうはしばらく軒先で暮らしていたのですが、前足が硬直して動かなくなるという大病を患ったため、動物病院に入院させました。


 後輩の雄ネコも、しばらく拙宅に遊びにきているうちに縁台の上で熱を出して寝込んでしまったため、これも入院させました。二匹とも、自宅に帰ってくるとすっかり家の中の生活に慣れてしまい、もう二度と外に出ようとはしません。


 このようにノラネコが多かったこの界隈も、最近ではあまりネコの姿を見かけなくなりました。以前、ノラネコが急増して近所でちょっとした問題になったときに、保健所とボランティア団体の助けを借りてノラネコの不妊去勢手術をしたおかげでしょう。外に出入りできる近所の飼いネコの多くも、そのほとんどが手術を受けているようです。


 ノラネコの姿を見かけない街というのも何か味気なくて寂しい気もしますが、飼い主がいない不幸なネコがやたら増えるのは、人間にとってもネコにとっても、けっして良いことではありません。ネコの不妊去勢手術は、特に都市の居住環境を守るためには、やむを得ない選択だと思います。


 たしか一ヶ月くらい前だったと思いますが、ある女性作家が日本経済新聞に「子猫殺し」というエッセイを寄稿して批判を招いたことがありました。タヒチ島に住んでいるというその人は、飼いネコの不妊手術をする代わりに、生まれたばかりの子ネコを殺して(昔の言葉でいう「間引き」して)いるというのです。


 彼女によると、もともと人間には動物の不妊手術をする権利も、生まれてから殺す権利もないのだから、自分はあえて生まれた子ネコを殺す方法を選んでいるのだとか。タヒチ島における彼女の生活環境はわかりませんし、彼女独自の死生観による考え方もあるのでしょう。批判を承知でそのような文章を寄稿した彼女、それを掲載した新聞社の判断をただ感情的に責めるのはどうかと思います。


 しかし、彼女の主張に対して、私はとても大きな違和感を覚えました。救う手段がほかにない場合ならともかく、そうとは思えないからです。ここ日本では、多くのボランティア(注)や地域住民が協力し合いながら、不幸な生命が生まれてこないようにしたり、生まれてきた子ネコの飼い主を見つけたりするといった地道な努力を重ねています。


 人の手が及ばない野生動物とは違って、イヌやネコはもともと人間の都合で生まれてきた愛玩動物。そのイヌやネコがこの世に生を受けた以上、彼らの生命をできる限り幸せのうちにまっとうさせてあげるのは、私たち人間の責任ではないでしょうか。


 


(注)そのようなボランティア団体のひとつに「ねこだすけ」があります。そのホームページでは、各地で行われている地域ネコ活動がよくわかります。また、ネコの里親探しのようなホームページもあちらこちらにあるようです。

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怖い自転車の無灯火走行

2006-09-17 17:26:57 | 随想

 夜暗くなってからオンボロ自転車でネコたちのご飯やら砂を買いに出かける私が最も恐れているのは、自動車よりもむしろ、無灯火で突っ走ってくる自転車や、携帯電話に夢中になっている歩行者。「危ないよ!」という意味で遠慮がちにベルを鳴らすと、逆に睨み返される始末です。


 自転車にライトが付いているにもかかわらず、それを点けずに夜道を走る人は、「都会の夜道は明るいし、気をつけているから大丈夫」という軽い気持ちでもあるのでしょうか。しかし、自動車からは見えにくくて自分の身が危険ですし、自転車で人をはねて死亡させた事故もよくあるそうです。そういった危険から自分自身を守るためには、警官に注意されるまでもなく、ライトを点灯するのは当然と思うのですが、そう思わない人がかなり多いのでしょうか。


 実際、私の経験からいうと、ここ東京の夜道ですれ違う自転車の半数以上は無灯火走行。これで黒っぽい服装をされていると、背景や天候によっては数メートル先まで近づくまで気づかないこともあって、危険を感じることもよくあります。いっぽう、歩行者も、数人にひとりくらいは携帯電話で話に夢中になっているか、画面をじっと見つめたり操作したりしながら歩いています。最悪なのは、携帯電話で話しながら無灯火、しかも猛スピードで突っ走ってくる自転車。ここまでくると、歩道を走る凶器としかいいようがありません。


 その昔、『日本人とユダヤ人』(イザヤ・ペンダサン著)という本がベストセラーになったとき、日本人は水と安全をタダだと思っているという言葉が有名になりました。残念ですが、この国の人々のそのような傾向は、今でもあまり変わっていないようです。国防力や警察力の強化といった主張にこの言葉を引用する前に、ひとりひとりがもう少し、自分や家族の安全対策を考えたほうがいいのではないでしょうか。


 かくいう私自身は、自転車に乗るときには細心の注意を払っているつもりです。接触が悪くなって点いたり点かなかったりするダイナモ(発電機)ライトのほかに、もうひとつ乾電池式のライトを付けました。夜間に自転車に乗るときは、なるべく白っぽい服と帽子を着用。他の自転車や歩行者との接触事故に備えて、損害賠償保険にも加入しました。


 日常生活に潜む危険から身を守るために、安全対策にちょっとしたコストや手間をかけることをもう少し考えてみてはどうでしょうか。


ブログ開設のご挨拶

2006-09-17 10:26:55 | お知らせ

 2000年に初の著書『英語屋さん―ソニー創業者・井深大に仕えた四年半』を上梓して以来、隔週ビジネス誌『財界』に連載中のコラム「英楽通法」を始めとして、あちらこちらでモノを書く機会をいただきました。


 「英楽通法」では好き勝手なことを書かせてもらっていますが、最初の著書でついてしまったイメージのせいか、執筆依頼の多くは「英語」をテーマにしたもの。それに、印刷媒体は紙面(文字数)にも制約がありますから、本当に言いたいこと、書きたいことの半分も書けていないような気がします。それを補うとともに自分の考えをまとめ、さらに自著等のPRの場も兼ねて、新しくこのブログを作ってみました。


 なお筆者が以前から発行しているメルマガ「英語屋さんの作りかた」「略語で学ぶ英単語」などに掲載した記事で何かお役に立ちそうなものも、折に触れて転載していくことにします。


 いちど仕事が入ると自由な時間もままならない「貧乏暇なし」の身のゆえ、書き込みも不規則になると思いますが、どうぞよろしくお付き合いください。