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VAIO/尼崎/非再販

VAIO W 徹底検証
http://plusd.itmedia.co.jp/pcuser/articles/0907/07/news076.html


これは…買いだな…。


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JR西の山崎社長を在宅起訴 福知山線脱線事故
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20090708AT5C0800R08072009.html


<遺族らが同容疑で地検に告訴した井手正敬元相談役(74)、南谷昌二郎顧問(68)、垣内剛顧問(65)の歴代3社長は、「過失はなかった」として嫌疑不十分で不起訴。兵庫県警が山崎社長のほかに同容疑で書類送検した歴代幹部8人と死亡した運転士(当時23)も不起訴とした>

この記述には当然、山崎社長にすべての責任を転嫁しようとするきな臭さが漂うのだが、ひとまずぼく個人が思うところを二点述べたい。ひとつは、二年ほど前に見たNHKのドキュメンタリーである(以下、詳細は省いてあらすじだけ書く)。

あまり報じられていないようだが、山崎社長は就任後、すべての遺族のもとに足を運び、謝罪をして回っている。その様子を三年(?)に渡ってNHKが密着取材していた。当該番組の眼目は、謝罪を求める遺族および世論からの外圧と、企業・組織の長としてのかじ取りを迫られる内圧とに苦難する社長の姿だった。

事故を受けて当時の最高責任者(ならびにそれに類する重役たち)が辞任し、関連子会社の社長だった山崎氏がJR西日本本体の社長に就任した。あらゆる組織には束ね役が必要であり、それまでの重役たちがこぞって職場を去った状況にあって、山崎社長を補佐できるレベルの人材はもはや残っていなかった。

そこで事故の三周年(だったか)をもって「反省終わり」とし、社長は事故で辞任した重役のうち数名を会社の中枢に呼び戻す。その人事決定を遺族のもとに報告しに行った山崎氏は、行く先行く先で「事故の責任をどう考えるのか、JRは責任の大きさを理解していない」と非難される。人事は結局見送りとなった。

会社の論理と、遺族の感情。内外の圧力を必死に受け止めようとする山崎社長の姿を、NHKのカメラはしっかり捉えていたと記憶する。

もうひとつははっきりと覚えている。2007年12月、ぼくが尼崎の事故現場に足を運んだときの記憶である。

廃止の噂が飛び交いはじめた寝台急行『銀河』に乗車し、早朝大阪に到着したぼくは、事故当日と同じ(ダイヤ変更のためほぼ同時刻の)福知山線の電車に乗ることにした。塚口駅で下車し、尼崎方面に徒歩で向かう。たしか西口に交番があって、その先から住宅街に入る。新築・築浅のマンション街を抜け、立体交差の高架下をくぐる。線路の東側には町工場のような雰囲気もあった。

まもなく、問題のマンションが見えてくる。低層階はいまだにシートにくるまれていた。尼崎市公設地方卸売市場を横目に踏切を渡り、「エフュージョン尼崎」と書かれたネームプレートと、植栽の整ったエントランスの前に立つ。視線の先には警備会社の男性。通行人ひとりひとりに対して深々とおじきをする警備員。踏切を待つ人々や自転車には見慣れた景色らしい。

花束を持った中年男性がマンションの奥に入っていく。手ぶらで来てしまったことを一瞬悔いつつ、その男性に続いた。警備員から写真撮影は遠慮いただきたいとの由。「ただの通りすがりなので…」との意もこめて、軽い会釈で済ます。

マンションにはすでにひと気はない。一両目が突っ込んだマンションの一階、おそらく屋内駐車場だった場所は、コンクリートはもちろん水道管のようなチューブなどがむき出しの状況だった。建物の柱のそばには小さな仏像がある。その奥に、線香や花束などの見舞い品を手向ける仮設の祭壇が備えられている。その間も列車は次々と、急カーブで減速しながら、鈍いブレーキ音をあげながら、通勤・通学者たちを運んでいた。

エントランスへと戻ると、まだ二十歳前後と思しき丸刈りの青年が向こうから歩いてくる。こちらに気付くと、彼はとっさに最敬礼をした。その間、およそ5秒。体を戻した彼の顔を、ぼくは直視できなかった。胸章を見るまでもない。彼はJR社員ではなく、ただの派遣警備員なのである。

いったい彼は何のために、誰のためにぼくに頭を下げたのか。その疑問は、若者の機敏な動作――その動作によってのぞけた坊主頭の後頭部――とあいまって、二年経ったいまでもぼくの頭から離れない。今晩辞任を表明した山崎社長の姿は、その記憶をさらに濃いものにしたのだった。


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永江朗『本の現場』(希望小売価格¥1800)
http://www.pot.co.jp/books/isbn978-4-7808-0129-3.html


委託販売・再販制とは、出版社が小売価格を定価、つまり値下げ不可とするかわりに、書店は一定期間内は自由に返品できる制度である。岩波書店など買い切り制を敷いている版元もあるが、独禁法の例外規定に書籍が含まれている(=買い切り・再販制?)ので、基本的に書店は定価で売らざるを得ない、というふうにぼくは理解している(走り書きなので大いに怪しい)。

この本は「非再販」本なので、書店主の裁量で値下げが可能である。ただ、再販制下の定価システムに長年浸ってきたわけだから、急に「値段をつけていいよ」といわれてもふつう書店は慌てるだろう。なのでぼくの印象では、たいていの書店は横並び志向に走って¥1800で売るだろうと思う。もっとも、大手書店が一律¥1500とかにすれば、一定の影響は見られるに違いない。

あと思うのが、部数の出ない中小出版ではなく、大手出版社から数万部出る本を試金石にできればおもしろかったろうに、ということ。たとえば『1Q84』を非再販にしたらどうなっただろう。むしろ定価以上で取引されたかもしれないな。


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