湖南村尻百姓記

65歳で、妻の実家のある湖南町に帰郷・帰農して山里暮らし・百姓暮らしをはじめた隠退牧師の日記

湖南の赤津村の農業事情・・・

2016年05月31日 |  2.赤津村の風景

昨日夕方、仕事を終えて帰られる途中の、湖南の赤津村の専業農家の方からいろいろ教えていただきました。

湖南の赤津村は、農家数は170軒・・・。そのうち、米を栽培している農家は60軒・・・。10町以上米を栽培している農家は5軒・・・。5町~10町未満、2町~5町未満もそれなりにおられるようですが、コメの作り手は大半が、60代~70代の農家・・・。50代は0人・・・。40代は2人・・・。20代は1人の青年が親のあとをついで稲作農家になる可能性があるそうですが、10年後、20年後、このままの傾向が続きますと、湖南の赤津村の200町の田は5軒の農家で栽培することになる可能性があるとか・・・。

しかし、2017年で、政府による減反政策が終わり、その補助金もなくなります。コメの市場が低迷しますと、これまでのように、ほかの農家の田を借りて米を栽培することができなくなる可能性もあるとか・・・。赤字を抱え込む形で、ほかの農家の田を借りて稲作をすることは現実的にはあり得ないとか・・・。日本全国の稲作農家は、今後3年が勝負の年になるようです。

<農家>というのは、法律用語・行政用語なので、一定の条件を満たしていなければ<農家>としては認められません。湖南の赤津村の170軒は、その<農家>の方々・・・。専業農家の方の話しでは、<昔から農業をしているひとは、少し畑で野菜をつくってても農家になる>そうですが、筆者と妻は、<農家>であるための一定の条件を満たしていませんので、湖南の赤津村にあっては、<農家>には数えられません。それで、筆者と妻、<百姓>という言葉を使っていますが、この<百姓>という言葉は、非法律用語・非行政用語ですので、<百姓>を自称するかどうかは、本人の勝手・・・。

米を作っていなくても<農家>に数えられ、米をつくっていても<農家>に数えられないこともある、日本の農政、何なのでしょう?

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田植をしたあとすぐ水を張る・・・

2016年05月31日 |  4.棚田

田植をしたあと、すぐ、温水田経由ではえぬきとコシヒカリの田に水を給水ポンプで汲み上げたのは、妻の実家の棚田の田での、有機栽培・無農薬栽培の米つくり3年目・・・、田の中には、田の生きものが多数生息しているからです。

田植えをしたあと、東岐からくる農業用水路に水が流れてくるのを待っていますと、オタマジャクシたちが大量に干からびてしまいますので、田植をしたあとは、すぐ田の水中生物や両生類のために水を入れてやる必要があります。

はえぬきの田もコシヒカリの田も、田の水を抜くと、農道側(西側)の畔周辺にオタマジャクシが集まってきますので、ほかの場所より少し深くなっています。今朝、妻の実家の棚田で作業をしているとき、ホトトギスとカジカの鳴き声がしていました。温水田からカモが2羽飛び立って行きました。妻の話しでは、温水田にいるカエルを食べにきているのだとか・・・。

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今年の田植えの5段階評価は、2・・・

2016年05月31日 |  4.米つくり

今年の田植の5段階評価・・・

筆者の主観的判断では、今年の田植えの出来栄えの5段階評価は、2・・・。落第点・・・。

筆者の右手、30代のとき変形性関節炎を患い手術をしたましたが、最悪の状態は免れたものの、握力をほとんど失ってしまいました。KUBOTAの田植機EP3のハンドルを支えることができず、田の土の状態でSの字を何度も続けて描くような仕上がりでした。OCNのHPの天気予報でも、今日の午後は50%雨がふることになっていましたので、とりあえず、雨が降る前に、一通り田植えを済ませておこうと、少しく焦った結果が、5段階評価の2・・・。

稲刈りは、KUBOTAの一条刈のバインダーRJN25ですから、少々(少々どころかかなりまがっていますが・・・)曲っていても問題はありません。曲って作付された稲は曲ったなりにバインダーを走らせば済むことでうから・・・。そう自分に言い聞かせながら、とりあえず、雨が降り始める前までに、0.5反のはえぬきと、1.8反のコシヒカリを栽培してしまおうと、ひたすら、田植機EP3を全速力で走らせました。

KUBOTAの田植機EP3、最後までトラブルなしで田植えをすることができました。KUBOTAの湖南営業所の担当者の方にSOSを発信することはありませんでした。誰にも頼らずに田植えが完了できましたので、かろうじて5段階評価の1を免れたということになりまか・・・。

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朝から夕まで、一日田植作業・・・

2016年05月31日 |  4.米つくり

昨日、NHKの天気予報では、突風と雹と霰が降る可能性がある範囲に湖南も入っていたとか・・・。NHKの天気予報では、田植えができる日は6月2日になるとか・・・。

しかし、筆者が、OCNのホームページの天気予報で見る限り、その可能性はほとんどなく、今朝は4時30分に起床・・・。朝5時00分から、田植えの準備にとりかかりました。

1.棚田の田の配水状態を確認して、はえぬきの田も、コシヒカリの田も、100mm径のUV管から排水できるようにしました。
2.農機具の小屋からKUBOTAの超小型田植え機EP3を取り出して、移動モードに設定・・・。
3.必要な工具・取扱説明書とペットボトルのお茶を用意・・・。
4.田植機を棚田まで持っていって、田植作業モードに設定・・・。
5.まず、0.5反のはえぬきの田で田植え作業・・・。いろいろ調整・・・。
6.はえぬきの田の4隅は、手作業で田植え・・・。
7.はえぬきの田で調整した状態で、1.8反のコシヒカリの田で田植え作業・・・。
8.コシヒカリの田の4隅を妻が手作業で田植えしている間に、筆者、育苗箱を片付け、田植機を小型給水ポンプで洗浄・・・。
9.はえぬきの田とコシヒカリの田の配水用のUV管をすべて閉じて・・・
10.給水ポンプで、赤津本村へ行く農業用水路から温水田経由で汲み上げ、コシヒカリとはえぬきの田に配水・・・。
11.妻が棚田の野菜に水をやっている間に、EP3を持って帰り、再び自転車で棚田へ。
12.温水田経由で、はえぬきの田に水が入ったのを確認して、はえぬきの田に入る水もコシヒカリの田へ・・・。
13.燃料切れで給水ポンプが止まったので、給水ポンプを片付け、棚田の給水・排水経路を点検・・・。
14.自転車で家に帰ってきたのが、午後6:15・・・。
15.農機具の小屋の前にとめた田植機にブルーシートをかけて、午後6:30分、今日の田植にともなう一連の農作業が終了・・・。

朝5:00から夕6:30まで、13.5時間の労働でした。筆者の妻、<突風と霙と霰が降るどころか、無風で、さわやかな田植日和の一日でした。>と話していました。

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水管理がしやすくなった棚田の田・・・

2016年05月30日 |  4.棚田

夕方、妻の実家の棚田に行って、田植え前の田の水抜き状態を確認しました。

妻の実家の棚田の田、水管理がとてもしやすくなりました。東岐からの農業用水路の水が来ているときはそれを使用し、水が流れて来ないときは、棚田の角にある数本の農業用水路の合流地点付近から給水ポンプで汲み上げます。いずれの場合も、温水田経由でコシヒカリとはえぬき、ひめのもちの田に給水されます。

給水だけでなく、排水も思い通りに管理することができるようになりました。中段のはえぬきの田とひめのもちの田は、排水するときは、下段のコシヒカリの田に落とします。コシヒカリの田の配水は、山側1箇所、農道側3箇所のUV管の蓋を外して排水・・・。午後6時頃は、ほぼ田植機で田植えができる状態になっていました。

台風・集中豪雨・大雨のときに田が増水したときは、100mm径のUV管5本で排水します。

田植をしたあとは、温水田経由で、温まった水をコシヒカリとはえぬきの田に注ぎ込みます。米つくり3年目にして、やっと、妻の実家の棚田の水管理が思うようにできるようになりました。

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KUBOTAの田植機EP3の準備・・・

2016年05月30日 |  1.農機具と農具

明日の田植を前に、今日、妻の実家の農機具の小屋の片付けをしました。

片付けをしないと、KUBOTAの超小型乗用田植機EP3を小屋から持ち出すことはできませんので・・・。片付けたあと、照明をつけて、1.フィルターの油抜き、2.エンジンを始動、3.小屋の出入り口まで移動、4.ガソリンの補給をしました。

どうやら、超小型乗用田植機、問題なく稼働させることができそうです。

今朝、郡山に買い物にでかけるとき、KUBOTAの湖南営業所によって、明日、田植えをすること、EP3をマニュアルに従って操作しますが、万一のときはよろしくお願いしますとお願いしてきました。なにしろ、田植機は、1年に1回しか操作しませんので、68歳のしろうと百姓の筆者、なかなか、その操作方法をマスターすることができません。

今日、寝る前に、もう一度マニュアルに目を通します。

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睡蓮の花、2種類・・・

2016年05月30日 |  3.日本基督教団の隠退牧師の総括

今日、雨が降るというので、郡山に買い物にでかけました。

ホームセンター・山新に行ったとき、妻が、<睡蓮の花、売ってたわ。>といいます。筆者、妻のあとについて、苗と苗木のコーナーへ行ってみますと、いろいろな種類のスイレンの花が売られていました。妻が選んだのは、赤と白のスイレン・・・。

郡山から帰ると、棚田のビオトープに移植しました。

このビオトープには、すでに備中レンコンを移植していますが、備中レンコンの花と睡蓮の花とは大きく異なるようです。備中レンコンは、水面から70~90cm上に花を咲かせますが、睡蓮の花は、水面で花を咲かせます。妻の実家の棚田・・・、筆者と妻が帰郷・帰農して4年目、少しずつ変化していっています。 

いつか、妻の実家の3.8反の棚田は、素敵な<吉田農園>になっていることでしょう。      

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沙羅双樹とユスラウメの木を植える・・・

2016年05月30日 |  3.日本基督教団の隠退牧師の総括

この前、猪苗代町のコメリへ、野菜の苗を買いにでかけたとき、妻が、とてもうれしそうな顔をして、<あなた、こちらに来て!いいものがあるの!>といいます。

苗木を売っているコーナーに行きますと、妻が、<これ!沙羅双樹の花の木!山口にいたとき、よく羅漢高原の沙羅双樹の花を見にドライブしたでしょう。なつかしいわ!>といいます。筆者、<買ったら>といいますと、妻は、<湖南でも育つかしら・・・?>と不安そうにいいます。筆者、<育ててみなければわからない!>と答えますと、妻は、<ねえ、このユスラウメ、教会の庭に移植して、毎年実をつけていたでしょう。なつかしくない?>と問いかけてきますので、<それも買ったら>といいますと、妻は、とてもうれしそうに、2本の苗木をレジに持って行きました。

今朝、その苗木を、妻の実家の庭に植えました。

妻の実家のおとうさんが昔、持ち山から持って帰った山の土と庭の土、そして<マグアンプ>という苗木の移植のときに元肥として使う肥料を混ぜて移植しました。

沙羅双樹の花の咲く木は、2013年4月1日湖南に帰郷して、1度だけ咲いているのを見たことがあります。場所は、福島県南会津郡下郷町にある景勝地・塔のへつりの近くの国道沿いのそば屋さんに入ったとき、その窓から庭のうしろの山にこの沙羅双樹の花が咲いていました。湖南町赤津村でも、根付いて、花を咲かせてくれるかもしれません。

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朝、農道で若い農家の夫婦と立ち話し・・・

2016年05月30日 |  2.赤津村の風景

今朝、妻の実家の棚田にでかけたとき、湖南史談会会員のKoyamaさんの息子さん夫婦に出会いました。

そのとき、今年の水環境について、いろいろお話をお伺いしました。大きな堰は、常夏川から取水するための堰ですが、中山間の棚田が終わると、堰は2箇所だけとか・・・。その堰のひとつでもとめられますと、下流の田には水が流れなくなるとか・・・。

今年は、積雪量が少ないために、常夏川を流れる水も、いつもと違って、せせらぎのような流れになっているとか・・・。

湖南では、20町米を栽培している農家は少ないけれど、郡山では、20町米をつくっている農家は普通・・・、中には、50町、100町米をつくっている農家もおられるとか・・・。筆者と妻が米を作付する田の広さは、0.24町ですから、20町で85倍、50町で210倍、100町で420倍・・・。

2013年4月1日に帰郷・帰農して以来、筆者と妻のすることなすこと、嫌いで、批判ばかりしている湖南の赤津の農家は、2.0~4.0町稲作をされている専業農家・・・???素人百姓の筆者と妻にケチをつけて悦に入っている農家は、いろいろ問題を抱えているのでしょうね、きっと・・・。より小さな農家を馬鹿にして自己満足している専業農家、筆者と妻、かかわりを持たない方がよさそうです。

しかし、湖南の赤津の若い農家の方々と話をしていると、楽しくなるのは、なぜでしょう・・・? 多分、彼らが、湖南と湖南の農業について、まだ夢を持っておられるからでしょう。彼らと話をしていると、こころのなかを、さわやかな風が吹きぬけていくような感じがします。若いというのは、いいことですね。営農家としての発展を祈ります。

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『田んぼビオトープ入門』に目を通す・・・

2016年05月30日 |  4.棚田

昨夜は、農作業の疲れで早く就寝しましたが、寝る前に、養父志乃夫著『田んぼビオトープ入門 豊かな生きものがつくる快適農村環境』に目を通しました。

なかに、温水田の写真が掲載されていましたが、筆者と妻がつくった温水田とは100%イメージが異なります。筆者と妻がつくった温水田は、筆者の生まれ故郷、岡山の児島郡琴浦町の入浜式塩田の風景に似ています。温水田も、ところかわればなにとやら、それぞれの地理的・気象的環境によってさまざま・・・。

『田んぼビオトープ入門』の1節・・・。

<近代稲作によって農家は大変楽になりましたが、田んぼの生きものとの付き合いも極端に減りました。草を見ずに除草剤をふり、病気や害虫を見ずして一斉防除することが多くなりました。そのため雑草や生きものの名前を知り見分ける力も弱くなり、上手に付き合う術も忘れられてしまいました。お米の生産効率の向上だけを求めた農業の近代化は、農薬、化学肥料、大型機械によって、稲作りを画一化、マニュアル化し、イネだけでなく、生きものを観察しつきあう時間や労力も切り捨ててしまいました。もっとも生きものの近くにいながら、生きものと付き合えないのは、非常に残念であり不幸なことだと思うのです。

自然の恵みへの感謝と
田んぼの生きものに対する畏敬の喪失

田んぼの生きものと付きあう時間と術を喪失した結果、生きものと共に暮らすことへの感謝や畏れの気持ちも、昔に比べて薄くなってきました。人間はすべての生きものと同じように、他の生きものを殺して食べ、子孫をのこして行かざるをえません。昔の人には、生きものが必死になって生きている姿を見て、彼らを殺さずには生きていけないことへの畏れ、痛み、感謝の気持ちがありました。

田んぼビオトープを広めていく意義は、そうした根源的な意志を再生、復元することにあるのではないでしょうか!単に無農薬栽培をして安全安心な米をつくり、無農薬米として高く売ればよいということだけでないと思います・・・>。

筆者と妻の共通した価値概念に、高村光太郎の<同棲同類>というのがあります。ひとはどのような場所にあっても、生きとし生けるものと一緒に生きて行かなければなりません。それを自覚的に、自分の生き方に取り込んだのが<同棲同類>という表現・・・。

2013年4月1日、妻のふるさと・湖南に帰郷・帰農して、筆者と妻が、化学肥料・農薬・除草剤・大型農業用機械を多用する近代稲作をする<農家>になることではなく、有機栽培・無農薬栽培で、必要最低限の超小型農業用機械をつかいながら自給自足の<百姓>になることを選択したのは、妻の、ものの見方考え方が強く反映された結果・・・。

湖南の赤津村の<農家>の方々から、素人<百姓>の筆者と妻がどのような批判を受けることになるのかは、想定の範囲・・・。湖南の赤津村のプロの農家は、筆者と妻が<想定の範囲>と思われるほど、画一化された世界・・・。農家としての生き方も、農法・営農法、ものの見方・考え方、老後の暮らし方も痴呆の症状も・・・。

妻のふるさと・湖南の赤津村は、いいとろこです。まだ、自然が息づいていますから・・・。その気になれば、まだ、昔の<快適農村環境>を取り戻すことができます。

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国の減反政策の賜物・・・

2016年05月29日 |  4.棚田

妻の実家のおとうさんが残してくれた田4.0反、畑0.6反、山林8.0反・・・。

2013年4月1日に、妻のふるさと・湖南に帰郷・帰農して、おとうさんの田・畑・山林を、妻が受け継ぎました。生前、おとうさんは、妻ではなく、筆者に遺産相続したいと何度も話していましたが、筆者は、反対・・・。ひとりむすめの妻が遺産相続すべきであると・・・。ただ、おとうさんから妻が受け継ぐ田・畑・山林は、筆者が責任をもって守っていくと約束しました。

2013年4月1日帰郷してすぐ、筆者と妻、妻の実家の田・畑の再編成に取り掛かりました。2013年は、0.6反の4箇所の畑のほかに、耕作放棄地となっていた0.2反の2箇所の田の田畑転換をめざして再開墾しました。2014年は、これまで米を栽培してもらっていた専業農家の方から田を戻してもらって、国の減反政策をそのまま反映して、3.8反の田を、コシヒカリ1.9反・はえぬき0.5反・温水田0.5反、その他を田畑転換して畑に再編成しました。2014年も2015年も、減反政策の補助金の対象外でした。今年も同じ・・・。中山間事業の補助金も、これまで米を栽培してもらっていた専業農家に振り込まれることになるとかで、こちらの方も筆者と妻には関係なし・・・。農業に関する直接的な補助金はなし・・・!しかし、減反政策はきちんと反映させて営む百姓暮らし・・・。それが返って幸いしたようです。

標高550mの湖南高原の棚田で、継続的に、コシヒカリとはえぬきを有機栽培・無農薬栽培できる環境を入手することができるようになったのですから・・・。あと1年で、減反政策による補助金は終わり・・・。素人百姓のわっしらにはかかわりねえことでござんすが・・・。

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コシヒカリとはえぬきの苗に弁当肥を施す・・・

2016年05月29日 |  4.米つくり

今朝、棚田の育苗用ハウスで育苗中のコシヒカリとはえぬきの苗に、<弁当肥>(2回目の追肥)を施しました。

2014年・2015年に引き続き、2016年も、素人百姓の筆者と妻の下手な育苗に耐えて、コシヒカリもはえぬきも、田植えに必要な分、立派に成長してくれました。<弁当肥>は、これから育苗用ハウスを出て、棚田の田に入るための、筆者と妻の心づくしの餞別・・・。

育苗箱1箱に、窒素0.5gという、ほんのささやかな追肥ですが・・・。60箱で、30gの窒素成分の液肥を60ℓの水に溶かし、1箱1ℓずつ散布しました。JA郡山の大槻支店で昨年購入したものです。1袋2kg入りですが、妻の実家の棚田で使う苗の追肥としては、5年分に相当します。

筆者と妻、今年も、冷温障害のむれ苗になり成長が遅れた苗(葉齢2.5~3.0、背丈10cm)は田植に使用しないで、葉齢4.0~4.5で背丈18cmになった苗のみを使用して田植えをします。条間30cm、株間24cmの粗植なので、葉齢4.0~4.5で背丈18cmになった苗のみを使用しても十分間に合います。

平置育苗を継続しても、途中でプール育苗に切り替えても、イネの苗の成長には、あまり大きな変化はなさそうです。

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サナブリまでに田植えが終わらない・・・?

2016年05月29日 |  3.湖南史談会

今日の夕方、湖南史談会のEbina先生が立ち寄られました。なにでも、娘さんが千葉県産のビワを送ってくれたとかで、そのおすそわけをいただきました。

Ebina先生:田植すんだのけ?
筆者:田植はこれからです。
Ebina先生:これから田植えをすんのけ?さなぶりまでに間に合わなくなるぞ!
筆者:5月中に田植えを済ます予定ですが・・・。サナブリは6月4~5日ですから、十分間に合います。田植をする田は、わずか2.4反ですから、1日でできます。
Ebina先生:田植機、誰から借りるんだ?
筆者:米つくりをするので、田植え機は購入しました。
Ebina先生:田植機、買ったのけ?3万円くらいか?
筆者:いいえ、新品を買いました。
Ebina先生:手で押す田植え機か?
筆者:いいえ、乗用田植え機です。
Ebina先生:いくらしたんだ?
筆者:600,000円くらい・・・。
Ebina先生:田植にそんなに投資したんでは、採算はとれねえべえ?
筆者:採算をとることは最初から考えていません。米も野菜も全部、自力でつくるつもりで買い揃えましたから・・・。
Ebina先生:百姓暮らしも大変だなあ・・・。

昨日、妻が、野菜直売所・四季の里の役員さんに電話をしていましたが、そのとき、<サナブリの日には、大大的に農作業をしてはダメ・・・。目立たないようにそっとやりなさい・・・>とアドバイスされたとか・・・。昨年、湖南の赤津村の農家の方々、サナブリの日にも農作業をされていましたが、湖南のサナブリ・・・、やはり、なにか隠れた意味がありそうです。

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ビオトープに水が入る・・・

2016年05月29日 |  4.棚田

夕方、棚田の下段のビオトープとして切り離した田の草取りをしました。

UV管を通って、温水田から引き入れた水は、ビオトープ全体を潤していました。このビオトープ、田の生き物たちが、一年中を通して棲息できる場所にしたいと思ってつくったのですが、75mm径のUV管を通って、大きなトノサマガエルも入ってくるのですから、ほかの生きものもやがてこのビオトープにやってくることでしょう。

浮草も、温水田からかなり入ってきました。

移植した備中レンコン、このビオトープに繁殖するのは、2017年夏・・・。大きなハスの葉の下で、田の生き物が繁殖します。

農薬・除草剤を使うのをやめて3年目の夏・・・、妻の実家の棚田は、すこしずつ変貌して行っています。ものごとは、一朝一夕にしてならずと言われますが、筆者と妻が描く、棚田の田の再編成・・・、ほんとうに遅々たるあゆみでしかありませんが、確実に変わっていっているようです。これからさきもずっと、コシヒカリとはえぬきを栽培できる棚田にするために、米つくり・野菜つくりのまったくのしろうとである筆者と妻、身の丈にあった農作業に徹しています。

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ビオトープに温水田から取水・・・

2016年05月29日 |  4.棚田

今日の午後1:00~3:00、妻は、棚田の田畑転換した畑の一部で、黒ごまと白ごまの種まき・・・。

筆者は、棚田の下段の強湿田で日照時間の少ない部分を切り離した0.1反のビオトープ(予定地)の整備・・・。一応、簡単に備中鍬で耕した後、筆者手製の代かき器で代かき・・・。ビオトープの表面の土が平らになったところで、本格的に、温水田から取水をはじめました。

UV管を通って、浮き草や水草が湧きあがってきます。それをみていますと、突然、大きなトノサマガエルが飛び出してきました。トノサマガエルは、UV管の穴が好きで、よく水と一緒に出てきますが、今回は勝手がちがったようです。直線状のパイプの中ではなくUの字状の、しかも長いパイプを潜り抜けてきたのですから・・・。

このビオトープに、備中レンコンを栽培していた温水田の一部を、もち米のひめのもちを栽培するので、ハスの種イモをすべて掘り起こして、移植していたのですが、現在、芽が8本出ていました。このビオトープ、備中レンコンがずっと棲息していい場所なので、ハスの葉が生い茂ると、田の生き物が増殖することになります。真冬でも、温水田から給水することができるようにしますので、なんとかビオトープの役目を果たしてくれそうです。昨年秋、レンコンを掘り起こしている時なんどもドジョウに遭遇しましたが、このビオトープでもドジョウが棲みついてくれることでしょう。

筆者の妻、<棚田には、日影がないわ。日陰になるものをつくらない。そして、椅子とテーブルを置いて、休憩できる場所を・・・>と話していましたが、古い板材をたくさんもらっていますので、それでベンチでもつくることにしましょうか・・・。日除けは、簡易テントを自作することにして・・・。

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