湖南村尻百姓記

65歳で、妻の実家のある湖南町に帰郷・帰農して山里暮らし・百姓暮らしをはじめた隠退牧師の日記

このまま埋もれさせるのは・・・

2018年01月18日 |  3.湖南史談会

昨日の夕方、湖南史談会のKanedaさんから電話がありました。

<吉田さんをこのまま埋もれさせるのは、湖南にとって損失だから、あらたに湖南の地方史研究会をたちあげないか・・・?>というのが、電話して来られたおはなしの趣旨・・・。

湖南史談会も、地方史研究会としてあまり機能していないのに、その上にさらに別な地方史研究会をつくっても、あまり意味がないのではないかと思われましたし、それに筆者、調べなければならないことを多々抱えていますので、その時間を圧迫するような労力を割く力は、もう70歳の筆者にはありません。

それで、筆者、<郡山地方史研究会に参加させてもらうだけで十分です。>とお答えしました。筆者の関心があるのは、権力史観ではなく民衆史観・・・。郡山地方史研究会の古文書講習会のテキストをみても分かるように、民衆史関連の史資料ばかり・・・。

それに、<埋もれる>というのは、<埋もれる>前には<埋もれていない>状態にあったということが前提になります。<沈む>場合にも、<浮いている>状態が前提にありますから・・・。

無学歴・無資格の筆者のこれまでの人生を振り返ってみますと、<埋もれていない>、<浮いている>状態に置かれたことはいままで一度もなかったように思います。なにかの拍子に、<出る杭>となり、日本基督教団神奈川教区や西中国教区の先輩牧師たちから<出る杭は打たれる>の諺通り、打たれ続け、排除・疎外されてきたことはありますが・・・。

筆者、高校3年生のときに、Sweden Covenant Mission の宣教師から洗礼を受けましたが、そのとき一緒に洗礼を受けた、8歳年上の、花道の先生でお花屋さんのWatanabe姉、<吉田くんを花にたとえると、どんな花かなあ?やっぱし、サフランね。背丈が低く、地面に這いつくばって生きているから・・・>と話しておられましたが、筆者を花にたとえたひとは、Watanabeさんが最初で最後・・・。妻は、その話しをする都度、大笑いします。背丈が低く、地面に這いつくばって生きているサフランの花のよう・・・。サフランの花は、どんなにがんばっても切り花になりません。かびんに活けられてひとめをひくことはありません。それが、筆者の天与の宿命・・・。

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