湖南村尻百姓記

65歳で、妻の実家のある湖南町に帰郷・帰農して山里暮らし・百姓暮らしをはじめた隠退牧師の日記

近世の修験僧は、現代の牧師に類似・・・?

2018年08月09日 |  1.自分史(吉田向学のルーツ探し)

修験道・・・

わかいときは、筆者には、ほとんど縁がない世界であると思っていたのですが、人生の晩年になって、筆者の父祖・吉田永學の先祖が、信州・栗田村の観聖寺の住職の家系であることが分かりました。

それ以来、真言宗、密教、修験道・・・などに関する本を、インターネットの日本の古本屋経由で集め、通読しながら、いろいろ考えてきましたが、近世幕藩体制下の修験僧は、中世の修験僧とはその性格が大きく異なるようです。近世の文献、史資料を読んでみた限りでは、近世の修験僧は、霊山で修業をするだけでなく、農民の暮らしと深く結びついて、農学・気象学・医学・薬学・土木・治水・冶金などに関する知識・技術を持つ市民的科学者でもあったようです。いろいろな文献を読んでいきますと、近世の修験僧は、そして、筆者の父祖・吉田永學の先祖、信州・栗田村の観聖寺の代々の住職たちは、栗田村の農民に対して、まるで<牧師>であるかのようなふるまいをしていたようです。

日本基督教団の隠退牧師の筆者、幕末から明治にかけて、基督教に改宗した士族階級の牧師と違って、新義真言宗の僧侶、宗教家として17世を数える存在・・・。宗教家としての先祖の生き方は、 筆者のものの見方、考え方にも大きく反映されているようです。といっても、筆者は、<宗教混交>の世界に身を投じることはありません。13歳のときに聖書をよみはじめ、16歳のとき教会に通いはじめ、17歳のとき、高校3年生のときに洗礼を受けた筆者、比較宗教学の視点・視角・視座から新道・仏教・修験の世界を調べることはあっても・・・。

それにしても、近世の修験僧は、現代の牧師のよう・・・。明治以降、修験は、国家の宗教政策によって廃止され、そのほんとうの姿を否定され、あらぬ姿を押し付けられてきたようですが、それを明らかにするのも、日本基督教団の隠退牧師である筆者の、人生の晩年の課題かもしれません。 

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今年の春の父祖・吉田永學のふるさとを訪ねたときの足跡・・・

2018年08月09日 |  1.自分史(吉田向学のルーツ探し)

この春、筆者の祖父・吉田永學のふるさと、信州栗田村(現在の長野市栗田)を2泊3日で訪ねたとき、県立長野図書館を3回、長野市文書館を1回尋ねました。県立長野図書館を訪ねたとき、司書の方に質問したのが、下の国立国会図書館のサイトに掲載されている<質問(Question) 長野市栗田地区にあった観聖寺(真言宗)について。明治11年に廃寺になったようだが、それが分かる資料を探している>・・・。筆者の質問が記録されるなんて! 筆者、<一を聞いて十を知る>タイプの人間なので、このひとつの<質問(Question)>に正しい回答(Answer)を得たことで、先祖の歴史を、1550年ころまでさかのぼることができるようになりました。



 

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父祖・吉田永學の先祖の歴史をまとめるために・・・

2018年08月09日 |  1.自分史(吉田向学のルーツ探し)

今日、午前中、台風13号が福島県に最接近するとかで、野菜の収穫をしたあとは農作業を中止・・・。

今日は、気分転換に、会津若松へドライブしました。会津若松市内には、妻の従姉が住んでいたのですが、筆者は、1度お会いしたことがあるのですが、妻は、ありません。ただ、住所も電話番号もわからず、NAVIも使用することができないので、結局、たどりつくことができませんでした。

その帰り、<麦のさと>といううどん屋さんで昼食をとって、スーパーによってかえってきましたが、スーパーで、小学生の学習用ノートを4冊購入・・・。同じものは、すでに4冊もっているのですが、1冊30枚なので、4冊では、4冊×30枚×2ページ=240ページ・・・。1ページに1年の記事をわりあてるとして、筆者の父祖・吉田永學の先祖、信州・栗田村の真言宗観聖寺の年表をつくるには、1550年~1950年の400年、最低でも400ページ必要なので、同じノートを追加して、8冊のノートを1冊に製本、左図の表紙をつけました。

妻は、<あなた、歳が歳なのですから、はやくまとめるものはまとめておいた方がいいわよ。『部落学序説』もはやく出版したほうがいいのでは・・・? お米つくりは、食べる米がとれたら十分ですから・・・>と話していましたが、筆者、<晴耕雪読の方針にかわりはありません・・・>と答えました。

『部落学序説』・・・、周防・紀州・信濃の3ケ国の穢多・非人に関する史資料で、リライトすることになりそうですが、自費出版で、古書店で販売してもらえるよう努力するつもりです。現時点で評価されようとは100%思っていませんので・・・。 『近世栗田村古文書集成』に収録された古文書によりますと、近世の栗田村には<穢多>役、<非人>役は存在していませんでしたから、『部落学序説』の執筆当初からの視点・視角・視座に変更なし!

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今朝、妻の野菜の収穫に同行・・・

2018年08月09日 |  1.百姓暮らし

今朝、食事をしたあと、妻が栽培している野菜の収穫に同行しました。

まずは、だんだん畑のキュウリ、インゲン、ナスの収穫・・・。棚田の、田畑転換した畑では、大玉トマトとミニトマトを収穫・・・。野菜の収穫は、ほとんど、妻の仕事ですが、ときどき、収穫作業に同行するのも、気分転換になっていいかもしれません。

トマトのプロの栽培農家は、トマトの赤みが10%ほどになると収穫して、箱に詰めて出荷、スーパーの店頭に並ぶころには、まっかなトマトになっているとか・・・。妻が、有機栽培・無農薬栽培しているトマトは、完熟させてから収穫しますので、大玉トマトもミニトマトも、美味しいトマトになっています。

妻の実家のおかあさんがいう<ここらの>プロの農家の方々は、<素人がつくった、化学肥料も使わねえ、農薬・除草剤も使わねえ野菜なんぞ、うまくねえ!>と、筆者と妻が栽培している有機・無農薬栽培の米・野菜を批判されますが、今朝は、大玉とまとを輪切りにして、オニオン&オリーブオイル&レモンでつくったドレッシングをかけていただきましたが、とても、美味しいトマトのサラダになりました。

有機・無農薬栽培でつくったコシヒカリのごはんは、美味しいし、ただただ、日本基督教団の隠退牧師である筆者の、人生の晩年に、このような恵みを与えてくださったことに感謝するのみ・・・。 

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今朝は体調が悪く・・・

2018年08月09日 |  1.農家の健康管理

今朝は、風邪気味で体調が悪く、やるきが失せてしまいました。

昨日、台風13号の接近に伴う雨が降っていましたので、農作業を中止・・・。妻とふたりで、郡山に買い物にでかけました。そのとき、筆者、ホームセンターで、30cm幅のレーキを見つけて、2本購入・・・。

帰るとすぐ、その1本のレーキの左右2本ずつ爪を切断機で切り落とし、30cm幅のレーキを20cm幅にしました。田んぼに生えたコナギを抜くための農具として改良・・・。そして、それをすぐ使ってみたくなって、冷たい雨の降る中、妻の実家の棚田の田に行って、温水田に繁茂しはじめたコナギを抜き取る作業をしました。コナギの除草の時期を間違わなければ、有用な草取り農具になると思いましたが、そのとき、体が冷えたのでしょう。今朝は、風邪気味・・・。

今朝、最高血圧は110、最低血圧は68、脈拍数58、体温35.7°Cで、異常なし。やはり、疲労と風邪による体調不良・・・。昨夜は、夜9:30に就寝して、今朝5:30に目が覚めたのですが、少しく、体力を消耗させるような農作業をしますと、あと、こたえますね。 70歳になると、体力の予備力は限りなくゼロに近いので、無理は厳禁・・・!

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