湖南村尻百姓記

65歳で、妻の実家のある湖南町に帰郷・帰農して山里暮らし・百姓暮らしをはじめた隠退牧師の日記

妻が最近気にしていること・・・

2019年01月22日 |  1.田舎暮らし

今朝、農機具の小屋の屋根の雪下ろしをしていたとき、妻が、<わたしにも、小屋の屋根のゆきおろしの仕方、教えて!>といいます。

妻の話しでは、昨年の秋、湖南の赤津村の農家の方々から、<男がいなくなったら、コメは作れねえべえ?>と言われたことで、<頭に来た>妻は、<今年は、はえぬきの田で、自分で米つくりをします。種もみの消毒から浸種、播種から育苗、トラクターで田を耕し、代掻きをして、田植え機で田植え、水管理と草取り、バインダーで刈り入れ、棒がけセットの組み立て、ハーベスタで脱穀、籾摺機でもみすり、リフトで玄米保冷庫に格納まで、全部、自分ひとりでやってみるわ。はえぬきの田の広さなら、私にだって、有機・無農薬栽培でお米をつくることができると思うの・・・>といいます。 

米つくりだけでなく、冬の間の、屋根の雪下ろしも・・・。1階の屋根も、農機具の小屋の屋根も、簡易温室の屋根の雪も、屋根の上にのぼらないで、道具を使って除雪していますが、妻は、その使い方をマスターしたいといいます。筆者、<それはいいことだ>といって、今日は、農機具の小屋の雪下ろしの仕方を伝授・・・。<力を入れすぎ!力をいれると、すぐ疲れるから。腕ではなく、頭を使って雪下ろしをするの! そうそう、頭を使うと、体力や腕力がなくても、屋根の雪下ろしができる!> 

筆者、右手の関節障害がありますので、右手の握力は、妻より少ない・・・。ですから、筆者がしている作業は、妻にもできる・・・。<男がいなくなったら、コメはつくれねえべえ?>というのは、農家の男の傲慢!筆者の、有機・無農薬でのコシヒカリの栽培は、栃木県のかあちゃん農業の米つくり法を参考にしています。男はいなくても米作れます。 高齢化・過疎化していく一方の湖南5ケ村・・・、<男がいても、米を作れねえ・・・>農家も少なくありません。

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『改訂版・池田町を中心とした部落史編年資料集』が届く・・・

2019年01月22日 |  5.部落学序説

インターネットの日本の古本屋経由で注文していた『改訂版・池田町を中心とした部落史編年資料集』が届きました。

午後、拾い読みをしていたのですが、『部落学序説』を再構成、編集・校正したあと出版しようとしている筆者にとっては、とても重要な史資料になります。なぜ、近世幕藩体制下の司法・警察であった穢多役・非人役が、明治以降、その職務を剥奪され野にくだり辛酸をなめさせられたのか、その旧穢多・旧非人の末裔が、どうして、こともあろうに、差別の鉄鎖につなぎとめる、日本の歴史学上の差別思想である賤民史観を受け入れていくことになったのか、その過程を確認することができる資料になります。

筆者、もしかしたら、日本基督教団の牧師になった時点で、日本基督教団の元総幹事・高倉徹牧師の怒りを買い、排除疎外の対象にされてしまいましたが、西中国教区だけでなく、他の教区の教会に派遣されても、部落差別にかかわることを余儀なくされ、被差別部落の人びととの出会いのなかから、『部落学序説』を執筆するようになったのではないかと思われます。

今日、インターネットの日本の古本屋経由で、岡山県教育委員会『同和教育関連資料』を注文しました。インターネットでその内容を確認しようとしたのですが、できませんでした。もしかしたら、謄写版の本・・・? 岡山県の学校同和教育・社会同和教育の資料からの引用は避けようと思ってきたのですが、注文した岡山県教育委員会『同和教育関連資料』の内容如何によっては・・・。

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山室軍平と吉田永學の戸籍の比較・・・

2019年01月22日 |  1.自分史(吉田向学のルーツ探し)

鎗田研一著『山室軍平』の山室軍平氏年譜によりますと、山室軍平は、明治5年生まれ・・・。筆者の祖父・吉田永學も、明治5年生まれ・・・。

鎗田研一は、山室軍平の戸籍から、山室軍平の曽祖父までその歴史をさかのぼっていますが、山室軍平も吉田永學も近代の戸籍からたどることができるのは、その曽祖父までなのでしょう。山室軍平の先祖は、百姓・・・。それより先の先祖を探すことはかなり難しそうです。

筆者の祖父・吉田永學の先祖を、寛永14年(1637)に創立された信州・栗田村の真言宗・観聖寺の開祖・舜良までさかのぼることができ、代々の修験僧の足跡を、明治の戸籍だけでなく、信濃の史資料でたどることができるのは、真言宗・観聖寺の住職の家系であったためでしょう。

鎗田研一著『山室軍平』を読みながら、筆者の父祖・吉田永學の足跡をたどることができそうです。断片的には、筆者の父からいろいろ聞かされていますので・・・。

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「穢れたる人々と関係を絶たねば・・・」

2019年01月22日 |  5.部落学序説

インターネットで、『昭和十一年三月刊 全国部落調査 秘』という文書が拡散していますが、この資料は、<財団法人中央融和事業協会>が発行したもの・・・。

誰が、何の為に、この文書を、インターネットで閲覧しているのか、筆者は寡聞にして何も知りませんが、昨夜、岡山県出身の、はじめて天皇との謁見を許された基督教の牧師、山室軍平の書いた『平民之福音』を読んでいました。

浄土真宗に対する激しい敵意はどこからくるのか、不思議に思いながら読んでいましたが、その中にこのような言葉がありました。

<祈祷及び、聖書を読むことと一緒に大切なるは、私し共が其信仰の旗色を鮮明にすることであります。私し共は、世俗的の行為を解脱し、穢れたる人々と関係を絶たねばなりませぬ。舟は水の中に在って、然るべきものである。然り乍ら水が舟の中に入れば沈みます。其と同様に私し共は此世の中で、毎日の仕事を営むものであれど、此世の中のよくない風が、私し共の心に入る時は、堕落して罪人になり升>。

山室軍平がいう<穢れたる人々と関係を絶たねばなりませぬ>というときの<穢れ>は、法的・道徳的逸脱のことを意味します。法的・道徳的逸脱をしたひとと接することの多い山室軍平が、自分の旗色をかかげたのが、<舟は水の中に在って、然るべきものである。然り乍ら水が舟の中に入れば沈みます。>なのでしょう。山室軍平が、水が舟の中に入り沈みかかっている悪しき宗教者として批判するのが、浄土真宗のTOP・・・。

その山室軍平の伝記、鎗田研一著『山室軍平』の山室軍平氏年譜に、山室軍平の戸籍が紹介されていますが、山室軍平は、岡山県阿哲郡本郷村字則安生まれ、山室軍平の母は同村字宮河内出身・・・。著者の鎗田研一は、山室軍平の家は極貧であったといいます。その本郷村則安と本郷村宮河内を、上記の『昭和十一年三月刊 全国部落調査 秘』で検索しますと、いずれも<部落名>のなかに出てきます。伝記には、本郷村字則安には、戸数40戸ほどがあったようですが、『昭和十一年三月刊 全国部落調査 秘』では、戸数は3戸・・・。

戸数3戸、近世幕藩体制下の穢多役がいるということで、戸数40戸の本郷村字則安全体が被差別部落にされているのです。

『昭和十一年三月刊 全国部落調査 秘』を公開する人々は、被差別部落の外延の拡大を意図しているのでしょうか?もし、そうなら、極めて差別的な行為であると思われます。部落差別の解消ではなく、部落差別の拡大に貢献するのですから・・・。

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雪国での立ち話し・・・

2019年01月22日 |  1.湖南の天気

今朝は、本格的に積雪していました。

食事をとったあと、まず、1階の屋根の雪おろし・・・。そのあと、農機具の小屋の屋根の雪下ろし・・・。簡易温室は、積雪した雪の重みで自然落下していました。積雪の深さは、40~50cm・・・。

午前9:00~12:00、妻とふたりで除雪作業をしましたが、後片付けをして家に入ろうとしましたら、隣村のおとうふ屋さんが玄関先に・・・。妻が出てくるのを待っておられたのですが、そのおとうふ屋さんと少しく立ち話し・・・。

おとうふ屋さん:あなたの家の屋根だけ、雪が積もらなかったのですか?
筆者:いいえ、いっぱい降ったので、屋根の雪下ろしをしたんです。軒先には、50~60cmのツララがいっぱいぶら下がっていましたよ。落ちてくると痛いので取り除いたんです。
おとうふ屋さん:くるまの屋根にツララが落ちてくるとへこみますね。
筆者:今朝は、軽トラを見てびっくり!
おとうふ屋さん:雪だるまになっていたんでしょう?

昼食をとったあと、インターネットの日本の古本屋経由で注文していた本の後払い代金を振り込みに隣村の郵便局にでかけました。振り込んだあと、郵便局を出てくるまにのりこもうとしていたところに、郵便局の事務員さんが外交から帰ってきました。

郵便局の事務員さん:寒いですね
筆者:おたくはこちらの出身ですか?
郵便局の事務員さん:秋田です。
筆者:秋田出身なら、寒さになれていますね。
郵便局の事務員さん:そんなことはないです。ここは寒いです。

雪やこんこん、あられやこんこん
降っても降ってもなお降りやまず
おなごはお外でお仕事をして
おとこはこたつで丸くなる ・・・

そんなことはないか・・・。雪国で、雪が降る日はみんないそがしい・・・。 

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『同和問題と同和教育 指導者用資料』が届く・・・

2019年01月21日 |  5.部落学序説

今日、インターネットの日本の古本屋経由で注文していた、埼玉県教育委員会編『同和問題と同和教育 指導者用資料』が届きました。

早速、その内容を確認したのですが、山口にいるときに、京都大学大学院を出られた日本文化史の研究者の方から譲り受けた、下松市の教育長をされていた教師の方が保管されていた、下松市の同和教育行政に関する諸文献を比べますと、埼玉県教育委員会編『同和問題と同和教育 指導者用資料』は、同和教育の現場における、同和教育担当者のための資料集、下松市の同和教育行政に関する諸文献は、山口にあっては、同和教育担当者が閲覧することができない、教頭・校長などの管理職のみが閲覧可能な資料集・・・。両者を通じて、同和教育の表と裏、建前と本音を確認することができそうです。

今日、インターネットの日本の古本屋経由で、さらに2冊注文しました。『高等学校同和教育資料 (教師用)』と『同和教育関係資料(事務用)』。

日本基督教団西中国教区の山口のちいさな教会の牧師をしているとき、押し付けられた西中国教区部落差別問題特別委員会の委員をしているときに、山口県の未指定地区の古老の聞き取りをする機会が与えられ、それがきっかけで、部落差別の真実をしりたいと思い、西中国教区部落差別問題特別委員会委員を辞退したあとも、徳山市立中央図書館郷土資料室で史資料を漁っては、未指定地区の被差別部落や浄土真宗の寺院を訪ねるようになりました。先祖の歴史を忘れず、それを継承して、いつか真実が解き明かされることを願って、被差別を生き抜いている古老たちに対する尊敬の念は、今もなお筆者の記憶から薄らぐことはありません。その出会いが、筆者をして、部落史研究にのめりこませるきっかけになりました。

無学齢・無資格、歴史研究とは無縁の筆者が、部落史を研究しはじめたことで、郷土史研究法を独学で身に着け、その結果、筆者の祖父・吉田永學、曽祖父・吉田向學が、寛永14年(1637)に創立された信濃・栗田村の真言宗・観聖寺の住職の直系血族であることを知り、長野県の史資料からその先祖の歴史をたどることができるようになったのは、想定外の副産物でした。高校生のとき600冊の本を読んで、筆者が決めた<所与の人生を引き受けて生きる>という生き方、同じ生き方をしている山口の未指定地区の被差別部落の古老たちにも相通じるものがあったと思われます。

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酷寒の日に、ウンチをもらして・・・

2019年01月21日 |  4.痴呆・介護

除雪作業を終えて、家に入ると、なにやら騒がしい・・・。

妻は、認知症のおかあさんが、ウンチをもらした後片付けをしていたようです。

妻:おかあさん、はやくお尻を出して!
おかあさん:なしてだ?
妻:だって、お尻りにウンチがいっぱいついてべちゃべちゃよ。
おかあさん:それは、ウソだ!ウンチなんかついてねえ!
妻:いっぱいついてます!お湯で拭いてあげますから。今、紙おむつはいたらダメ!きれいにウンチをふき取ったあとにはいて!
おかあさん:ウンチついてねえのにウンチついてだなんて、おめえボケてんでねえのけ?
妻:ボケてるのはおかあさんの方です。
おかあさん:うるせえ、うるせえ!ウンチもらしたのは、おらではねえ!おめえだべえ?
妻:なんで、わたしがたおかあさんのお尻にウンチ洩らすのよ!なんでもいいから、はやくお尻だして!

ウンチ騒動がおさまったあと、筆者、おかあさんが日中を過ごす居間に入って、柱の寒暖計で室温を見てみました。室温は、18°C・・・。今は、妻が朝起きたときから、おかあさんが起きる前に、石油ストーブであたためて、豆炭炬燵も入れて、室温を18~20°Cにしておくので、居間の温度が低くておかあさんのおなかの調子が悪くなったとは考えられないのですが、台所は、10°C、筆者の書斎は6°C ・・・。

筆者と妻がいっぱい着込んでいますと、認知症の、妻の実家のおかあさん、<おめえら、寒いんけ? おめえら、ここらのもんでねえから、ろくでもねえんだわ。おらあ、ちっとも寒くねえ!>と、筆者と妻をバカにするのが常ですが、室温18~20℃のあたたかい部屋で、ウンチをもらして、その臭いを充満させて、その中で平然と息をしていけるおかあさん、ただものではなさそうです。筆者、ウンチのにおいが充満している18~20°Cの居間にいるより、6°Cの書斎にいる方がしあわせ・・・。 

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朝、2時間除雪作業・・・

2019年01月21日 |  1.湖南の天気

朝、2時間除雪作業をしました。

昨夜は吹雪で、筆者の寝室の雨戸も風が吹きつけてガタガタ、ガタガタ夜通し音を立てていました。今朝、食事をすませますと、すぐ常設作業をはじめました。簡易温室の南側は40~50cm、北側は10cmほど積雪していました。今日は、ハンディラッセルとママさんダンプのほかに、アメリカンレーキ、平型スコップ、除雪用スコップをもちいての作業でしたが、意外と早く、2時間で除雪作業を終えることができました。

今日は、登山用のヤッケとUVカットのサングラスをつけての作業・・・。雪目にならないですみました。もっと早くUVカットのサングラスをつけて除雪すればよかったのですが、筆者、若いころからサングラスをかけたことはありませんので、なにとなく抵抗感があって、これまで除雪作業をするときもつけたことはありませんでした。サングラスをかけたのは、今回がはじめて・・・。 

数10羽のスズメたち、筆者が、エサ場を除雪して、あらたに玄米をまくのを待っていたようです。 

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インターネットの日本の古本屋で部落史研究関連書籍を検索してみたが・・・

2019年01月20日 |  5.部落学序説

夜、インターネットの日本の古本屋で、部落史研究関連書籍を検索してみましたが、『部落学序説』の再構成のための参考史資料としては、今年に入って注文した8冊以外には適当なものは見つかりませんでした。

山口にいたときは、くるまで10数分のところに、徳山市立中央図書館があり、その郷土資料室で、部落史研究関連の史資料・論文を閲覧することができたのですが、山口と違って、ここ、妻のふるさとは、福島県郡山市湖南町は、図書館からは遠く隔たった場所にあります。 

そのため、2013年4月1日に、日本基督教団の隠退牧師になり、妻のふるさと・湖南に帰郷・帰農する前に、部落史研究関連の基本的な史資料・論文を集めたのですが、必要な本はほとんど入手すみ・・・。なのですが、今夜、あらためて、インターネットの日本の古本屋で、部落史研究関連の文献を検索してみました。その結果、適当な本はなし・・・。

もう、部落史研究関連の文献を収集する必要はなさそうです。

医学・農学・神学についで歴史学についても・・・。筆者、高校生の時に読んだゲーテの『ファウスト』の中に出てくる中世の四大学問、神学・法学・医学・哲学を独学しようとしましたが、前期高齢者を生きている筆者の現在の四大学問は、医学・神学・農学・史学・・・。もう、どの科目も、資料の追加の必要性はなくなりました。現在の蔵書で十分です。

 

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原点に立ち戻って・・・

2019年01月20日 |  5.部落学序説

紆余曲折を経て、筆者、やっと、『部落学序説』執筆の原点に立ち戻ることができました。

山口でかかわりのあった、旧徳山藩領地の南穢多村の末裔の方々との交流が希薄になり、彼らから借りていた、部落問題に関する史資料・書籍の返還を求められ、それを返却したあと、『部落学序説』の執筆を計画しました。

山口県の部落解放運動家たちとの交流から、山口県の未指定地区の、旧長州藩領地の穢多役・非人役の末裔の方々との出会いに重点が移っていくなかでの、執筆計画でした。ブログで『部落学序説』をかきはじめたときから、再び、山口県の部落解放運動家たちとの交流が深まることになりましたが、第4章を書き始めたころから、見解の相違が生じ、いろいろ難問が投げかけられるようになりました。長州藩とその枝藩の穢多村の名前を実名表記しないのは、差別意識のあらわれであると・・・。筆者は、『部落学序説』の中で、その穢多村の名前を実名で表記するには、まず、部落解放運動家が自ら文書で公開すべきであると反論しました。結局、部落解放運動家からその被差別部落の実名が公開されることはありませんでしたので、『部落学序説』の中に出てくる被差別部落名は、<相対的表記>(東西南北で表現)のままです。

最近、インターネットの被差別部落の実名表記のリストが閲覧可能になっているようですが、筆者の『部落学序説』では、その表記を参考・引用することはありません。どこが被差別部落であるかは、被差別部落の側が明らかにすべきであって、筆者のよしとするところではありません。

筆者、『部落学序説』執筆の原点に立ち戻って、『部落学序説』を再構成、編集・校正、出版をしていくことになります。

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『部落学序説』の当初の執筆計画では・・・

2019年01月20日 |  5.部落学序説

『部落学序説』の執筆をはじめるまえに、筆者がたてた執筆計画は、<『部落学序説』論文構成の概要>・・・。

その最後に、このように記していました。

『部落学序説』完成のあと、『部落学序説』を背景にして、『部落学・上』、『部落学・下』、『長州藩・穢多寺のある風景』、『長州藩・遊女と観音信仰』、『長州藩・女穢多物語』、『島崎藤村の基督教背教の精神的背景について』、『部落史にみる日本史学の破綻』、『部落解放運動を蝕んだ人々』の論文を執筆する予定である。

執筆計画上では、『部落学序説』は、新書版1冊程度の原稿用紙300枚程度でまとめる予定でったのですが、インターネットのブログ上での『部落学序説』では、執筆計画の『部落学序説』にとどまらず、あとに続く『部落学・上』・『部落学・下』以下の内容をも含んでしまう形になりました。

今回、インターネットのブログ上での『部落学序説』を再構成するにあたっては、執筆計画の、『部落学序説』と『部落学』に再構成して1冊にまとめることにします。

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最高血圧102、最低血圧60、脈拍数62・・・

2019年01月20日 |  2.老化と老化対策

今朝の最高血圧は102、最低血圧は60、脈拍数は62・・・。

毎日の健康管理は、

1.最高血圧・最低血圧・脈拍数・体温・体重の測定と記録
2.朝食1時間後と就寝1時間前に15分間歯磨き
3.就寝前15分間、Out Stretch
4.1日数回、目と鼻の洗浄
5.サプリを4種類服用
6.尿蛋白・尿糖の検査

血圧は低くても、他に体調の異常はなし。無症状の病気も少なくないので、安心はできませんが・・・。

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部落差別は疫病に似ている・・・

2019年01月20日 |  5.部落学序説

最近、筆者、部落差別は疫病に似ていると思うようになっています。

疫病は、あるひあるとき忘れたころに猛威を振るいます。疫病は、その原因となる病原菌が繁殖すると、突然と人間の間に蔓延して、人間を病的状態へと駆り立てて行きます。病気になったり、それが原因でなくなったり・・・。しかし、やがて流行時期が過ぎると沈静化して、いつのまにか人々の間から忘れ去られていきます。沈静化している間、疫病の病原菌は、保菌者である人間の体内に温存され棲息を続けます。そして、またまた、疫病の原因となる病原菌が繁殖しやすい環境ができあがりますと、保菌者の体内に生存していた病原菌が繁殖し、猛威を振るい、人々を恐怖のどん底に追いやってしまいます。

部落差別は、その疫病に等しい・・・。

その疫病である部落差別の病原菌の保菌者とはだれか・・・? 『部落学序説』の筆者の視点・視角・視座からしますと、部落史研究の学者・研究者・教育者、そして彼らと付和雷同した運動家たち・・・。ちょうど、自衛隊機にレーザーを照射したことを抗議された韓国の政府・軍部が、事実を無視して、ウソを並べ立て、何がほんとうのことなのか自覚できなくなってしまった状態と、部落史研究者の状態とは酷似しています。もつれた糸の塊を解決と称してその一端をひっぱりますと、もつれた糸はますます固くしまってしまいます。その堅固さのゆえに、誰もそれを解きほぐすことができなくなってしまいますが、賤民史観という差別思想のウソにウソを重ねてつくりあげた部落史研究は、部落差別の真の解決からますます遠ざかるばかり・・・。

小林茂編『近世被差別部落関係法令集』に、そのウソの根源を見てしまう、無学歴・無資格、部落史研究の門外漢である筆者です。 

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『長野県史』近世史料編に目を通す・・・

2019年01月20日 |  5.部落学序説

今日の午後、『長野県史』近世史料編に目を通していました。

昨年春、筆者の祖父・吉田永學、曾祖父・吉田向學のふるさと、長野市栗田の、真言宗・観聖寺跡地に住む吉田さんを訪ねたとき、観聖寺文書の一部を写真に撮らせていただき、また、丸山先生に案内された長野市公文書館で観聖寺関連文書の一部を写真に撮らせていただきました。そして、2回、長野県立図書館で各種資料を閲覧させていただきました。

帰ってから、真言宗・観聖寺に関して調べをするめるために、インターネットの日本の古本屋経由で長野県立図書館で閲覧させてもらった書籍を注文して、いつでも分析できるようにしました。それらの史資料・・・、『部落学序説』の内容を自己検証するときにも役に立ちそうです。 

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『部落学序説』は、既存の文章の再構成のみに止めることに・・・

2019年01月20日 |  5.部落学序説

今日の午後は、インターネットのブログで『部落学序説』を公開書下ろしをしたあと、インターネットの日本の古本屋経由で入手した部落史関連の史資料・論文に目を通していましたが、『部落学序説』の枠内に収まりそうです。

それで、筆者、『部落学序説』は、これまで公開してきた既存の文章の再構成のみで出版することが妥当であると思いました。『部落学序説』は、長州藩領の史資料に偏った論説であると、読者の方々から批難されてきましたが、長州藩領地から、中国、四国、近畿、東海、東山道、関東、江戸、東北と史資料・論文を増やしても、『部落学序説』の視点・視角・視座に変更を迫るものはほとんど遭遇しませんでした。

江戸幕府は、アメリカ連邦国家の中央政府のようなもの・・・。各藩は、その州政府のようなもの・・・。各藩の法令に独自性があるといっても、それは江戸幕府の法令の枠組みの範囲内・・・。長州藩、備前藩、紀州藩・・・における司法・警察制度にそれほど大きな違いがあるわけではありません。

『部落学序説』を再構成するときの 枠組みは、『部落学序説』を公開執筆する前に確定していた、<『部落学序説』論文構成の概要(2004年)>に基づきます。その論文構成にまだ満たしていないテーマがあれば、それを新たに書き加えて、『部落学序説』を出版することになります。

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