田舎牧師の日記

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

●組坂繁之氏の物語・・・

2008年09月30日 | 同和教育

昨日通読した、組坂繁之・高山文彦『対談・部落問題』・・・

小説家・高山文彦氏による、部落解放同盟中央本部のトップの重職を担われている組坂繁之氏の「個人史」の聞き取りから始まります。

組坂繁之氏は、1943年(昭和18)生まれ。福岡県小郡市出身。育った被差別部落は戸数30軒。実家は1町の田畑を持つ農家。その先祖は、『部落学序説』の筆者である私が、近世幕藩体制下の司法・警察であるとする「非常民」(非常の民)・・・。薩摩街道の本陣・脇本陣のある宿場町・松崎(ママ)の「関所」「捕り方」をしていたといいます。松崎を南北に街道が走る、その<村境>は「南構え口」・「北構え口」と呼ばれていたそうです。組坂繁之氏の祖先は、昔の往還筋にあって、<村境>を警固し近隣の村々の治安維持にあたっていた人々です。

組坂繁之氏・・・、その「個人史」の中で、そのことを語りながら、自分の先祖が、近世幕藩体制下の司法・警察である「非常民」であったという認識を持つことがありません。あるのは、日本の歴史学に内在する差別思想である「賤民史観」に裏打ちされた、被差別の感情だけ・・・。

組坂繁之氏、「被害妄想と言われるかもしれませんが、常に誰かに見られている、差別的な冷たい視線を感じる・・・」と言われます。小説家の高山文彦氏、「差別意識は綿々と次の世代に受け継がれていく。悲しいことですが、それが現実なんですね。」と同情してみせます。

その対談の冒頭で、組坂繁之氏の「個人史」の中で語られた「被差別部落」の貴重な伝承を耳にしながら、高山文彦氏、何も聞かなかったように、ただ、差別意識と差別の悲惨さのみに関心を集中させていきます。

聞き取りする側もされる側も、近世幕藩体制下の松崎(ママ)の地で、司法・警察である非常民として生きていた当時の「穢多・非人」について、思いを馳せることはありません。

組坂繁之氏、「うちの母親などは昔の往還、表通りをなかなか通りたがらないんです・・・」といいますが、避けて通っているのは母親だけでなく、その息子である組坂繁氏も同じです。

なぜ、部落解放同盟中央本部のトップであり、部落解放運動の指導者である組坂繁之氏にして、その出自を語り尽くすことができず、それを<悲惨な被差別の歴史>として避けて通ろうとされるのか・・・。問題の核心を避けて、通俗的・一般的な「賤民史観」に甘んじていただけでは、組坂繁之氏があずかっている、被差別部落の民衆を、部落差別のない社会に導くことはできないのではないでしょうか・・・。

筆者、「賤民史観」の、あらたな再編成を目論む、現代の「賤民史観」の学者・研究者・教育者の教説を無批判的に受け入れ、日本の「被差別部落民」を、インドのアウトカーストに属する人々と、安易に同一視することは、ますます、日本の部落差別を解消不能の泥沼に追いやることであると思います。

<部落差別=アウトカースト>説を説く第一人者・沖浦和光氏ですら、<まだ学問的には証明されたことではない>と留保していることがらを、さも学問的に確定されているかのように自説に組み込むことは、<先走り>だと思います。

なぜ、部落解放運動の指導者として第一線に立つ組坂繁之氏にして、日本の歴史学の差別思想である「賤民史観」から自由になり得ないのか・・・。

筆者、それは、明治以降の学校教育にあると思っています。


昨日、他の件で、インターネット上で検索していたとき、『同和教育を進める上での基本的な事項』(資料提供 長野県伊那教育事務所・同和教育指導主事、2000年)に遭遇しました。「部落差別の学習と視点・なぜ部落差別はいけないか」において、その理由として、以下のことが列挙されていました。

「友だちを奪う」(人間形成の上で大事な友。人格の形成にとって必用な人間関係)、「恋人を奪う」(家庭生活が築けない、子孫が残せないことにもつながる)、「仕事を奪う」(生活の基本となる経済的な裏付け)、「居住を奪う」(故郷を語ることができない)、「教育を奪う」(人間らしく生きる上での社会性)。

しかし、現代の同和教育・人権教育の問題点を、『部落学序説』の筆者の視点・視角・視座からみますと、上の項目の中から最も大切なことが欠落しています。

それは、「歴史を奪う」・「物語を奪う」ということです。

被差別部落の子孫が、その語るべき歴史・物語を奪われ、そのアイデンティティを失い、歴史の根無し草のように、差別者である他者から押し付けられた「賤民史観」をもってしか、自己の歴史・物語を語れなくなる状況・・・、それこそ部落差別の根源であると思うのですが、 組坂繁之氏、松崎(ママ)ではなく、インドに目を向けます。

組坂繁之氏、高山文彦氏に、「インドへ行かれたことがありますか・・・」と問いかけておられますが、高山文彦氏に問いかけなければならなかったのは、「松崎に来られたことはありますか・・・」ではないでしょうか・・・。

「松崎に来て、私たちの先祖の歴史を見てくださいよ。近世幕藩体制下の司法・警察として、当時の街道を警固していた非常の民ですよ。被差別部落に関する史資料を表面的読むことで満足しないで、もっと、掘り下げてみてくださいよ。いわば、私たちは、近代中央集権国家・明治天皇制国家構築のために、切り捨てられた、近世幕藩体制下の司法・警察なんですよ。高山文彦さん、あんたは、部落解放運動を永久運動だ、芸術運動だとのたまわれるが、そんなものじゃないんじゃないですか。部落差別は政治の失策によって作られたものですよ。政治の失策によって作られたものは、正いい政治によって解決できるんですよ。そうは思いませんか。部落の側に身をすり寄せて、分かったような話をしてくるあなたのような知識人が、差別を拡大再生産しているんですよ・・・」、部落解放同盟中央本部のトップの重職を担われている組坂繁之氏が、そう語りはじめる日・・・、筆者、そのときこそ、部落差別完全解消の新しいページが開かれる日であると思うのですが・・・。

                

ジャンル:
ウェブログ
コメント (2)   この記事についてブログを書く
« ●組坂繁之・高山文彦対談『対... | トップ | ●昨日の午後、サーバーが落ち... »
最近の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
組坂繁之・高山文彦『対談・部落問題』を昨日注文... (John F Cross)
2008-10-01 07:22:01
組坂繁之・高山文彦『対談・部落問題』を昨日注文しました。今回の向学氏の論述は、おそらく「部落学序説」の核心部分ではないかと、じっくり読ませてもらいました。特に最後の語り口での部分は、とても人間的な親しみと説得力があり、深く心に響きます。私も、折りをみて、私のブログで部落問題について、率直に発言したいと考えています。岡山の中学教師からの誹謗中傷への反論にはあまりエネルギーを費やさず、今回のような本論に力を注ぐことを期待します。
コメント、ありがとうございます。 (吉田向学)
2008-10-01 08:14:54
コメント、ありがとうございます。

岡山の中学校教師については、それはそうなんですが、筆者がいろいろ教えてもらっている山口の被差別部落の方々・・・、誰でも切り捨てるということがお嫌いなようで、『部落学序説』に異常なほどの反応をしめす藤田孝志氏に、「牧師として適切な対応をするように・・・」求めてこられました。

筆者、そのアドバイス、もっともだと思いましたので、藤田孝志氏に対する<批判>を展開しています。

岡山の中学校教師・藤田孝志の筆者に対する誹謗中傷・罵詈雑言に対して、筆者、誹謗中傷・罵詈雑言をもって報いず、その講演録の批判検証にかえているところに、筆者の姿勢があります。

部落解放同盟中央本部の組坂繁之氏に対しても、岡山の中学校教師・藤田孝志氏に対しても、筆者、区別・差別することなく、同じ<まなざし>を向けています。

藤田孝志氏に対する批判はそろそろおわりに近づきますので、『部落学序説』第5章水平社宣言批判の執筆を再開します。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

同和教育」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事