部落学序説

<常・民>の視点・視角・視座から見た<非常・民>である<穢多・非人>の歴史的真実の探求

『部落学序説』第5章の執筆計画見直し・・・

2008年11月21日 | 雑想

『部落学序説』第5章の執筆計画見直し・・・

『部落学序説』執筆の計画を立ててから多くの時間を経て、2005年5月14日に、その執筆に着手しました。

執筆計画の段階で、いくつもの章・節・項立てを行ったのですが、部落解放同盟新南陽支部の部落史研究会の方々と、それに使用する史資料について検証作業をするとき、『部落学序説』の論文構成一覧表をお渡ししました。

その後、山口県立高校数校で仕事をしていたとき、高校の教師の方々と部落問題・部落差別問題について情報交換をしたことがありますが、そのとき、筆者が彼らに手渡した『部落学序説』(非常民の学としての部落学構築を目指して・論文構成の概要)がありますが、それは、『部落学序説』の論文構成一覧表を分かりやすく解説したものです。

筆者、<論文構成の概要>に従って、『部落学序説』とその関連ブログ群を執筆してきたのですが、『部落学序説』・・・、歴史研究の書でないにもかかわらず、時系列で説明する傾向があります。そのため、読者の方の中には、近世幕藩体制下の司法・警察である非常民としての「穢多・非人」について論じているときにも、近世の「穢多・非人」が、明治以降どのようにして、被差別部落民として差別されるようになたのか、説明を要求してこられる方々が多数おられました。

それで、筆者、明治天皇制国家・近代中央集権国家における「穢多・非人」のその後について、<本文>の中で、あるいは、<別稿>として、また、あるいは、<付論>として、『部落学序説』の第4章・第5章・第6章で論じる予定の主題について先取りして言及してきました。

最初の執筆計画では、『部落学序説』第5章、「水平社運動の批判的検証」として、
第1節 部落概念
第2節 明治政府が描いた地域共同体
第3節 特殊部落
第4節 水平社運動前史と限界
第5節 水平社運動の功罪
第6節 糾弾の意味
第7節 賎民政策から棄民政策へ

全7節・31項・・・、31の文章から構成する予定でした。

しかし、読者の方々から、「水平社宣言をどう認識しているのか・・・」と問われることがおおく、実際の『部落学序説』第5章は、「水平社宣言批判」として、
第1節 史料としての「水平社宣言」
第2節 「水平社宣言」の背景

の文章を、しかも、序説(プロレゴメナ)に相応しくない文章量で、20文章を執筆しています。<序説>というより<本論>に近い・・・かたちで執筆を続けていますが、最初の執筆計画では、「水平社宣言」に対するテキスト批判は含まれていませんでした。

筆者、不特定多数の読者の方々と一緒になって『部落学序説』を構築していくつもりは一切ありませんが、山口の地に棲息するようになって出会った、部落解放同盟新南陽支部の方々とその被差別部落の人々との交流からくる<影響>は避けて通ることはできません。

いままでも、時々、相互に火花を散らすような論争をしたことがありますが、それは、岡山の中学校教師・藤田孝志氏が筆者に向けた「誹謗中傷・罵詈雑言」とはまったくことなる、<部落差別を解消したい・・・>という差別・被差別それぞれの立場を確認した上での真摯なやりとりでした。腹蔵なく真摯に語り合ってきたことが、現在の<共同研究>につながっています。

同じ史資料を用いても、部落解放同盟新南陽支部の部落史研究会の方々は、「被差別者」の側からそれらの史資料を解析、批判検証することになります。従来の部落解放運動の枠組みにおいて、「差別者」に過ぎない筆者は、その史資料を最初から最後まで、「差別者」の立場から解析、批判検証することになります。

つまり、『部落学序説』とその関連ブログ群は、「差別」・「被差別」の先鋭化された立場の突き合わせから生れてきたものです。

「差別」・「被差別」の違いをあいまいにして、問題を忘却のかなたに追いやってしまおうとする「融和主義」的発想とは無縁の発想に基づいています。また、「差別」を絶対化したり、「被差別」を絶対化したりする人々の発想とも無縁です。

筆者にとって、「被差別部落の人々」とは、部落解放同盟新南陽支部の方々とその地区の住民、そして、その新南陽支部の部落解放運動と<連帯>している東京・奈良・広島・山口・福岡の被差別部落の人々です。

部落差別に関する言説が<差別性>を帯びることがないために必要ないとなみは、それが、どのような言説であったとしても、被差別部落の人々の具体的な顔が見える視点・視角・視座に立って、論じることです。

『部落学序説』の執筆を開始してはや3年6ヶ月・・・、『部落学序説』とその関連ブログ群を読んでくださった方々からメールを多数いただきますが、その方々が、<被差別部落の人々の具体的な顔が見える>・・・視点・視角・視座に立って、筆者に問いかけておられる・・・、と確信できるときにのみ、ご返事させていただいています。

「誹謗中傷・罵詈雑言」で綴られる問いかけに対しては、無学歴・無資格の筆者・・・、語るべきことばをもちあわせていません。

『部落学序説』第5章の執筆再開に際して、筆者、その章・節・項立てと、その内容について、執筆計画を再編成しようとしています。その最も大きな理由は、この3年6ヶ月の間、『部落学序説』執筆開始時と比較して、その執筆に使用する史資料が3倍にも膨れ上がったためです。そして、増えた史資料は、すべて、筆者の『部落学序説』(非常民の学としての部落学構築を目指して)の視点・視角・視座を補強するものばかりで、「非常民論」・「新けがれ論」などの、筆者の基本的な理解を完全否定する文章・論文には、いまだに遭遇していません。

3倍にふくらんだ史資料にすべて目を通して、『部落学序説』第5章「水平社宣言批判」・第6章「同対審答申批判」を執筆していく予定です。

最初の段階で、史資料不足で、執筆計画になかった主題についても言及していくつもりです。

できるかぎり、ひとつの主題をひとつの文章にまとめるつもりです。