フリーターが語る渡り奉公人事情

ターミネイターにならないために--フリーターの本当の姿を知ってください!

これってニート? それって悪い?

2006-01-01 22:46:25 | 歴史
(これはさんへのレス兼トラックバックです)

すなふきんさんがコメント欄で問題提起をしてくださった。それへの答えにならなくても、ヒントになるものを記事として書いておく。

以前コメント欄で、派遣・アルバイトは、都会の中の出稼ぎ労働者と言いかえられるとわたしは言いました。経済的に一部を除いて衰退し、疲弊する都市の中で、ひとつの会社だけでは食べられない。なので派遣やアルバイトに出かける。そこには、自営業や土方、サラリーマン、OL,主婦などいろいろな職業で食い詰めたり食い詰めかけたりしている人々が集まってくる。

そこで、何らかの事情で働いていない/働けないと一括して「ニート」と呼ばれる。そこには悪者を責めるようなニュアンスがこもっている。だけど、働かないことがひとくくりに悪だと言えるのだろうか。今の経済について何かよいことをやろうとしすぎるあまり、あせって、冷静な判断を失ってはいないだろうか。

「わたしはこの臨時工労働組合の活動家たちと何回か会って話しあううちに、かれらの多くが自動車工場の経験があることを知って驚かされた。それは、自動車産業が、いかにこれら浮遊労働者に依存し、かれらの若い労働力を使いすててきたかを物語っているし、さらにまた、相対的に高い賃金で狩り集められてきたとしても、いちどはたらけば、たいがいの労働者たちはもうコリゴリになってしまうことをも証明していた。(鎌田慧 「ドキュメント 追われゆく労働者」 第四章 巣篭り pp97)」

派遣会社は現在の〝人夫だし〟会社だと言えば、いま30代のわたしよりも少し上の世代の人たちにはイメージしやすいだろうか。
派遣ということでこれまでわたしは荷物はこびや半導体の検査、焼肉の鉄板洗い、それにただチラシを何枚か集めて所定の位置に持ってゆく、機械に従ってチケットを封入するといった職場で働いた。
そこでは、あまりにも単調でつらく、なおかつ身体破壊的な労働がアルバイトや派遣に押しつけられていた。おどろいて、1日や2日で仕事をやめる人がほとんどだった。ある職場では一ヶ月勤務しつづけたわたしは、例外的な忍耐力の持ち主だったそうだ。

「『どうですか、出稼ぎに行かないで家にいる気分はどんなもんですか』
『いいもんだ』西成さんはそう簡単にこたえた。わたしたちは炬燵に入ってはなしあった。『奥さんはどうですか』彼女も短く『安心できる』とこたえた。西成さんは二町五反の田んぼと、それにりんご畑を三反歩ほどもち、この村でもっとも大きな農家なのである。だから、7年間つづけてきた出稼ぎを、ことし休んだとしても、それほど生活にはひびかないそうである。むしろこれを機会に、ゆっくり農業について考えているようなふうだった。さいきん6頭ほどの肉牛の飼育も始めたという。『出稼ぎしないで、こうして炬燵にあたっているほうがいい』かれは奥さんのこたえにつづいてそういった。
『出稼ぎでいちばん悪いことは何ですか』
『バカになることだな』
わたしは、たちどころにかえってきた、この言葉の確信ある響きに感嘆した。それは、ながい間考えてきた結論であることを感じさせた。『バカになるって、どういうことですか』わたしは膝をのりだしてきいた。
 西成さんは言うのである。出稼ぎに出ると百姓のことを考えなくなる。毎年、何の努力もしないで、同じことをくりかえすだけになる。春さき、家にかえってくると農作業が待っているので、そのときは気がはってやるが、田植えがすんで一段落すると拍子抜けして病気がちになる。そのあとはもう、新しい経営についての意欲が湧かなくなってしまう。(中略)出稼ぎに行くときには農業の本を持っていってても、むこうで読むのは週刊誌のマンガばかりなのさ、西成さんはそう苦笑するのだった。(同上書 第一章ジプシー工場 PP24-26)」

アルバイト、特に派遣労働に行くと、疲れ果てて本も読めない時期があった。勉強するぞと思って、電車の中やわずかの休憩時間に目を通そうとして、英語やスペイン語の本をバッグに入れておく。
しかし、だんだんと集中して読めなくなってしまう。仕事をやっていれば、とても本など読めない。また、軽い雑誌以外の本格的な本らしい本を持ってゆくことは、それだけで周りから白い目で見られる。一度、派遣でつとめることになった工場の休憩時間に、サル学の本を読んでいたら、まるで犯罪者でも眺めるような視線で正社員からにらまれ、萎縮してしまったこともあった。
どうやら組織は、上のほうの1%とか1割の例外以外は、おろかであることを求めるようだ。一般の正社員でもそれを求められる。アルバイト、女性といった条件が重ねれば、なおさらである。
それはほとんど、愚鈍労働といっていいような、身分が下のものに割り振られるシャドウ・ワークであり、アンペイド・ワークなのだ。人間性・創造性を破壊する、サディステイックでアビューシブな労働である。その役割をこなさなかったり、表立って違和感を表明こと、組織不適応とされる。
 そこにハマってしまうともう、将来のことも、もうすぐやってくる公共料金の支払いのことも、ファッションというよりも最低限の身づくろいのことも、考えられない。風呂に入ることも、一日3食食べることも、歯をみがくことも、友人との待ち合わせも、脳裏から消えてしまう。初対面の人の名前を失礼にも忘れてしまい、何度もたずねかえして不快にさせてしまうこともあった。なんと、自分の名前を打ちまちがえてメールをしてしまい、知人から「ワタリさん、ものすごく疲れているみたい。休んだほうがいい。」と強く忠告されたこともあるほどだ。
 ただし、会社が求めるのはそうして組織に埋没して自我を破壊された労働力なのだ。ヘンにNGOの会議や、動物学の好きなアルバイターどうしでラテン語(原生動物の学名に使われる)のまじった会話を楽しむことや、ましてや会社への批判を語り合うことなど、論外なのである。
 このへんの事情を、フリーターやニートの「やる気のなさ」や「自信過剰」や「無知」をまことしやかに語る「識者」たちは認識しているのだろうか? 日本国憲法も、労働基準法やILOの条約も、現場においては「絵に描いたモチ」だというのに。
 鎌田さんの上記の本は、1976年に日本評論社により「逃げる民ーー出稼ぎ労働者」として上梓されたものを、ちくま文庫に再収録したものである。もし、70年代にニート談義がさかんであれば、「ここにもニートがいる! 富裕層型ニートだ!」「農村型ニートの例では~」などとマスコミやシンポジウムなどで騒がれていたのだろう。
しかし幸いなことに、まだそんな言葉もない時代だったので、西成さんは、(農業というもうひとつの職もあったとはいえ)自分を否定したり、家族から寄生虫扱いされたり、教育・訓練施設に閉じ込められずにすんだ。玄田有史のような労働経済学者から「朝早くおきて、あいさつをしましょう」「もっといいかげんなほうがいい」「かたく考えてばかりいないで合コンでもやろう」といった失礼でばかげた指導(実態は恥辱?)を受けずにすんだ。
 ニート、ニートと騒ぐ人々、それにマスメディアは、どうにかしている。視聴率のためか、予算のためか、スキャンダル集団をでっちあげる新手の「やらせ」なのか。

「今回、わたしが経験した職場の仲間の多くは(中略)能力以下の仕事を押しつけられていた。(中略)彼らを過小評価するのをやめればすぐにでも力を発揮しはじめるに違いない。(中略)今回、さまざまな仕事を体験するなかで、そのことが否が応でもはっきりしていったのだった。(ポリー・トインビー著 椋田直子訳「ハードワークーー低賃金で働くということ」東洋経済新報社 2005 90P)

 この本の著者は、ジャーナリストの仕事を一時停止して、取材のために荷物運びやケーキづくりなど多種多様な低賃金の職につき、その様子を報告している。
 上記の指摘は、日本でアルバイターとして似たような職種を経験したわたしの観察とも一致する。たとえば、あるシンセサイザーのプロの音楽家をめざす30代初頭のアルバイターは、お弁当の箱詰めのパート労働にでかけて、いっぺんで嫌になったと語ってくれた。あの仕事はひどい、わたしの創造力を壊してしまう。ワタリさんも絶対やらないほうがいい。文章を書くとか、作曲するとかいったことをやりたいのなら、絶対に行ってはならない職場だ、と険しい表情とかたい声色でわたしに警告してくれた。
そのほか、交通調査の仕事で、タイムやニューズウィークの英語版を、辞書もたずに読みこなす20代のアルバイターもいた。彼もまた、能力以下の仕事で生活を支えようとしていた。喫茶店を経営するご夫婦も、正社員として働くOLやサラリーマンも、明らかに能力以下の仕事をこなしていた。
また、以前は正社員だったがリストラされて、ひ孫受けの派遣から関西で強い大手電気会社の子会社に出向いたある派遣アルバイターも、半導体の検査という、「誰にでもできる」仕事をしていた。それは、目の神経をやられる危険な仕事だった。
<2005/1/5付記>こんな人もいる。高校中退の20代のアルバイター。中国系3世の彼女は、仏教に関心が深い。お経やマントラも読めるし、サンスクリット語も勉強している。恵まれない父子家庭の出身者だが、アルバイターとして誠実に着実に仕事している。勤務中のブテイックでは、明るく落ち着いた人格とポップ文字(販売促進用の丸っこい手描きの文字)をうまくかくため、信頼されている。英語だけではなく中国語も学習している。この人は、ある日を境に連絡がとれなくなった。現在、行方不明だ。<2005/1/5付記>

「かなり苦しいがみなこれで耐えている。病院や学校や地方自治体で、レストランやバーや厨房で、社会がまわってゆくには欠かせない仕事をしながら、報酬はごくわずかで、世間並の暮らしをするには到底足りない。ジャーナリストとしてのわたしはレストランでの一回の食事に、ヘアカットに、ちょっとした楽しみに、こうした仕事で得る一週間分の収入以上の金をとくに考えもせずに使っていた。
 一度だけ本来の暮らしに戻って、BBCの対談番組に出演したことがあった。スタジオでくつろいで、保守党政権で大臣を歴任したケネス・クラークとの30分の対話を楽しんだ報酬は、チェスシー・アンド・ウェストミンスター病院で二週間、80時間ポーターの仕事をしたときの手取りとほぼ同じだった。目に見えない境界線をまたいで、あちらの世界に戻っただけで、時給が160倍にもなったわけだ。ジャーナリストとしてテレビに出ることと、病院の歯車を回転させつづけることの価値を正確に比較することなど不可能だが、両者の報酬にこれほどの差が有る事実を正当化することなどとてもできない。(ポリー・ウォーカー 同上書 98P)」

これは、わたしとしては、正社員、とくに総合職の人たちとつきあうときの金銭感覚の差から推論できる。その人たちが軽く買っている化粧品、ヘアカット代、ちょっとしたコーヒー代、本代、パソコンや音楽CD等に費やせるお金・・・・・・すべてがわたしにとっては別世界の出来事なのだ。そして、そのつどひとりだけ取り残されたような、つらい思いにとらわれる。

これで社会はフェア? ふざけないでよ! と言いたくなってくる。
資格も気休めというか、形骸化して久しいし、もし職業訓練をして職人になったとしても、それだけで食べられなくなったら、また派遣やパート・バイトで働くことになるだろう。
その席さえもたまたま空いていなければ、運悪く失業である。
その状態を無責任に叩き、公衆の面前で18歳以上の人間を幼児扱いして侮辱し愚弄し、教育と労働の二重のワークが人を強く自由にするだろうと予言する有識者たち。

あなたがたは、いったい誰について語っているのですか?
何もあなたがたの労働条件を大幅に引き下げろとは言わない。わたしたちに、あなたがたのせめて8割程度の給与を、保障を、最低限の社会的尊敬をくれませんか?
そうすれば税収も上がり、多くの人が消費すれば、一部の金持ちの浪費よりも着実に消費が伸び、経済も回復するでしょう。
わたしたちの給料を上げるとインフレが心配なのなら、経営者の取り分もこれ以上伸ばさないでいただきたいものです。それが嫌ならば、わたしたちが一日8時間ほど働けば自活できる給与を求めたいのです。

(2005/1/5情報を追加し、一部を読みやすく改めました。大意にちがいはありません。)


↓ トラックバック用URL
http://d.hatena.ne.jp/coma18/
http://d.hatena.ne.jp/yukihonda/
http://d.hatena.ne.jp/demian/
http://d.hatena.ne.jp/kaoru3_16/20050317
http://d.hatena.ne.jp/Arisan/20060110/p1#c
http://d.hatena.ne.jp/kuriyamakouji/
http://ap.bblog.biglobe.ne.jp/