アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

祇園囃子

2007-11-27 20:18:07 | 映画
『祇園囃子』 溝口健二監督   ☆☆☆☆

 日本版のDVDを購入して鑑賞。廉価版が出ていて大変ありがたい。それにしても以前『近松物語』を観たくてフランスのDVDを通信販売で購入したが、やっぱり今じゃバラ売りされてる。分かっちゃいるがくやしい。

 芸者の話である。若尾文子が出ている。役柄は16歳で、本人もまだ10代だろう。最初出てきた時はこれがあの若尾文子かとびっくりした。初々しくて、後のあの妖艶さはかけらもない。可愛らしい女の子だ。その若尾文子が演じるのが栄子。ろくでなしの父親のところを飛び出して、芸者になりたいと祇園にやってくる。母親の友人だった芸者の千代春は彼女を引き取って面倒を見ることにする。着物を買ってやって稽古をつけ、栄子を一人前の芸者に仕立てる。

 残酷物語は溝口映画の常だから、最初はこの千代春が栄子をいびる話かと思ったらさにあらず。この千代春はベテランの芸者で、酸いも甘いも噛み分けている風情でありながら、どこか純情で人がいい。本当に栄子を可愛がる。千代春を演じている木暮実千代は見る角度によって老けて見えたり若く見えたりするが、きれいな女優さんだ。気丈さや気弱さを自在に表現し、この映画の核となっている。

 さて栄子はデビューし、さっそく旦那になりたいという中年男が現れる。千代春は栄子のためにもっと慎重に考えようとするが、「おかあさん」、要するに座敷を仕切っているおかみが強引に勧めてくる。さらにある官僚が千代春にぞっこんになると、このおかみ、千代春と栄子の東京旅行をブッキングするその裏で、本人の了承もなく二人の身体をスケベ男どもに約束してしまう。さて、東京で中年男に無理矢理手ごめにされそうになった栄子はあっと驚く逆襲に出て、この男に怪我をさせてしまう。それまで淡々と上品に進んできた映画が、このシーンで一気に凄みを帯びることになる。あーびっくりした。

 そしてここからが残酷物語の始まり。官僚に身体を許すようにおかみが千代春に迫る。それを断るとおかみは二人をお座敷から干す。それだけでなく、祇園中に手を回して二人の仕事をキャンセルさせる。金はなくなる、仕事はない。そこへ栄子の父親が現れ、金をせびりにくる。金がないと言ってもしつこく食い下がるので、千代春は仕方なく自分の装身具を渡す。父親はホクホク顔で帰っていく。この父親は溝口映画の悪役常連の進藤英太郎だが、いやーこのうっとうしさは絶品。たまらんなあ。

 それからおかみを演じる浪花千栄子がまたいい。この人はコワいぞ。最初は千代春が「おかあさん」とか呼んでるし、「他ならぬあんたのためだからね」などとニコニコ金を都合してやったり、親切なおばさんかと思っていると、そのニコニコした顔のまま平然と残酷なことを言い始めるのである。

 さて、結局千代春は官僚に身体を売ることで自分達を救わざるを得ない。これでまた仕事の声がかかるようになる。栄子は「こんなことなら芸者を止める」と言い出すが、千代春は自分はどうなってもあんただけは守る、私があんたの旦那になる、といってさとす。こうして二人は残酷な花柳界で、今日もがんばって生きていく、というところで唐突に映画は終わる。この最後に私は驚いた。これからいよいよ話が佳境に入るような気がしていたからだ。大体、この二人がこのままハッピーになれる気がまったくしない。それどころかますます傷ついていくのは目に見えている。栄子がこのまま貞操を守れるわけがない、と誰もが思うだろう。
 
 まあそういう不穏な気分を残して終わるように作ってあるのだろうが、いつもの溝口監督ならもっと容赦なくその不幸をつきつめて描いたような気がする。『近松物語』『山椒大夫』『西鶴一代女』といった名作群に比べて小粒に思えるのは、そのあたりが原因だろう。


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