アブソリュート・エゴ・レビュー

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黒い画集 第二話 寒流

2012-04-18 21:31:01 | 映画
『黒い画集 第二話 寒流』  鈴木英夫監督   ☆☆☆☆

 松本清張原作映画をDVDで再見した。これは原作の小説(短編)が面白かったので映画も観たいと思ったものの当時はDVDがなく、その後発売された時にすかさず買ったのである。実になんとも嫌な、松本清張らしい、イタイ話である。要するに上司に女を取られる話だ。あー嫌だ。

 銀行の話である。銀行の人には悪いが、日本の銀行というものの封建的な体質については関係者から色々と聞いたことがあって、あまりいい印象がない。そしてそういう目で見ると、ますますイヤな感じがリアルに、陰湿に迫ってくる。タイトルの「寒流」というのは、要するに力がある奴の尻馬に乗って引き立ててもらうのが「暖流」で、乗り損なって沈んでいくのが「寒流」なのである。主人公の沖野(池部良)は若いのに勢いがある桑山常務(平田昭彦)に引き立てられ、池袋支店の店長になる。そして料亭を経営するやり手かつ美人の女将・奈美(新珠三千代)と不倫の仲になる。

 ここまでは良かったが、女好きの桑山が奈美に目をつけ、強引に落としにかかる。沖野と奈美を無理やり誘って泊りがけでゴルフに行き、奈美の部屋に夜這いに行ったり、融資で便宜を図ってやると仄めかしたり、いやもう権力をかさにきたその手口のいやらしさは気分が悪くなるほどだ。やがて沖野は、だんだん奈美が冷たくなってくるのを感じる。桑山常務のせいなのか。やっぱりお前はそんな女だったのか。あせって結婚しようと言い出すが、もう女の気持ちは離れている。こうなりゃ女は冷たいもんだ。おまけに桑山が沖野を田舎に飛ばすことを決める。気がつけばあっという間に「寒流」。おのれ桑山、そして奈美、こうなりゃ復讐してやる、と沖野は決意するのだったが……。

 最初は一応「暖流」にいる沖野だが、それも表面上だけで、桑山常務は実は大学の同期なのだ。その桑山に顎で使われる、これは屈辱だ。おまけに女と別れる尻拭いなんかやらされて、あれじゃ暖流だろうが何だろうがろくなもんじゃない。この時桑山は「分かってる分かってる、いつか埋め合わせをするから」なんて言ってるが、奈美を口説き始め、奈美と沖野は何かあるらしいと感づかれてからはもうダメだ。「沖野はまじめなだけでとりえのない男ですよ」「ちょっと田舎に飛ばそうと思ってまして」などと、こともなげに言われてしまう。

 原作では沖野の復讐がうまく行ったような終わり方をするが、映画は変えてあり、更に救いのない話になっている。権力がある奴には何をやっても叶わない、という身も蓋もない結末だ。観終わるとどっと疲れる。それにしても平田昭彦の桑山常務はまったく嫌な野郎で、あんなのが上司だったらたまらんなあ。

 奈美役の新珠三千代もいい芝居をしている。いかにも悪女然としたわざとらしいキャラじゃなく、リアリティのある微妙な冷たさを感じさせる女だ。たとえば最初の頃は、あなたと結婚したい、銀行なんてやめたっていいじゃない、私はあなたという人間が好きなんですから、なんて可愛げのあることを言っていたのに、いざ結婚しようと言うと、よく考えてみなくちゃ、とか、あんまり急なんですもの、とかもっともらしいことを言い始める。女は怖いぞ。

 いかにも松本清張らしいぞっとさせる場面もある。ヤクザ(丹波哲郎)の挨拶参り。これは異様だ。会わせたい人がいる、なんていわれて料亭に行くと座敷にヤクザがずらっと並んでいて、一人一人、傷害前科二犯です、前科三犯です、などとわけの分からない自己紹介が延々と続く。それが終わってからおもむろに、「そうそう、桑山さんがよろしくとおっしゃってました」と来る。ぎょっとする。

 それにしても、桑山の女の口説き方はすごい。泊りがけで(三人で)奈美をゴルフに誘い、温泉に泊まって、夜中に堂々と夜這いに行く。やめてくださいと言われると、何もしません、でも寒いから、ちょっとだけふとんの中に入れて下さい、と来る。お前はアホか。それから昼間から雨が降ってゴルフができないとなると、「疲れたな。よしここに布団を三つ並べてひいてもらって、奈美さんを真ん中にして川の字になって昼寝をしよう。うんそうしよう」などと言って強引にそうしてしまう。異様である。映画ではここで場面が変わるが、実は小説には続きがあって、もっとすごい。三人で寝ていると桑野が「沖野君、君は風呂に入ってきたら」と言い出すのである。「さっき入りましたし」なんて答えると「いいから入って来いよ。おれが言ってるんだから」などとのまたう。厚顔にもほどがあるという話だ。このこけし野郎。が、部下である沖野は「はあ、じゃ、行ってきます」と言うしかない。

 世の中には、本当にこんな風に権力を傘にきて女に言い寄っている奴がいるのだろうか。まあここまでする奴はいないとは思うが、似たようなことをやる奴はいるに違いない。NYの日系企業でそういう話を聞いたことがある。まったく、恥を知れといいたい。

 というわけで、とにかくイヤーな話である。しかし面白い。なぜこんなイヤな話が面白いのだろう。ともあれ、この映画から一つだけ教訓を得るとするならば、上司の「いつか埋め合わせをする」を信用すべからず、というところだろうか。


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