アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

スタイルズ荘の怪事件

2014-01-14 22:40:56 | 
『スタイルズ荘の怪事件』 アガサ・クリスティー   ☆☆☆

 最近クリスティーの良さを再認識したため、前に一度読んだがまるで覚えていない『スタイルズ荘の怪事件』を再読することにした。まあ大したことはなかったんだろうが、今読むとまた発見があるかも知れないと思ったのである。なんせこれはミステリの女王クリスティーのデビュー作にして、エルキュール・ポアロ初登場の作品なのだ。やはりクリスティー・ファン、ポアロ・ファンにとっては必読である。私も最近じゃポアロ・ファンを自認しているので、デビュー作の内容ぐらいちゃんと覚えておきたい。

 さて、再読したところ前より好印象だった。ミステリとしては非常にオーソドックスな筋立てで、裕福な老婦人がストリキニーネで毒殺される、家の中には親族一同寝泊りしている、という設定。老婦人の若い夫がいかにもうさんくさく、親族からつまはじきにされているのがポイントである。特に問題になってくるのは、ストリキニーネは一体何に入っていたのかという点。コーヒーか、食事か、あるいは別のものか。それによって誰が犯人か、その絞込み方が違ってくる。

 で、この家にヘイスティングスが滞在していて、たまたま再会した元警官のベルギー人亡命者にこの事件の調査を依頼することになる。これが、その後ミステリ史上に残る傑作の数々で堂々の主役を演じることになる、おそらくはシャーロック・ホームズ以降もっとも有名な世界的名探偵、エルキュール・ポアロが読者の前に初めて姿を現した瞬間である。感慨深い。

 この時ポアロはベルギー人亡命者の家に住んでいるが、この家は毒殺された老婦人の慈善活動によって運営されているため、あの夫人は私たちベルギー人亡命者の恩人なのです、といってヘイスティングスの調査依頼を引き受ける。初お目見えのポアロはちょっとオーバーなほどの洒落者で、外国人的な奇矯な言動が目立つ小男として描写されており、微妙に滑稽感があるキャラクターとして設定されていることは間違いない。何か発見があった時は喜びのあまり飛び跳ねたりするし、このデビュー作においては床を這いずり回って捜査したりもする。時々回りの人々を呆れさせ、笑わせるという役割が明確だ。

 そういう意味で本書はユーモア小説的でもある。ポアロに加えてヘイスティングスもしかり、彼は非常にロマンティックな自負心の強い人物で、本書に登場するある女性が自分に気があると思い込んだり、その女性と親しい男にはジェラシーで書き方が辛くなったりする。本書はヘイスティングスの一人称で記述されているので、そのあたりはなかなか笑える。それに二作目の『ゴルフ場殺人事件』もそうだったが、ヘイスティングスは本書でも女性にプロポーズする。そのくだりもロマンティックというよりユーモラスだ。もちろん、見事にふられる。

 ミステリとして言うと、数多くの手がかりをばらまくことによって状況を混乱させ、真相を隠す、という手法が採られている。これはまったく『ゴルフ場殺人事件』と同じで、複数の人間が色んな思惑で色んな行動を取り、その痕跡がミックスされて混沌とした状況を作り出す。結果的に真犯人の痕跡はカモフラージュされる。このやり方だと謎の難易度はいくらでも高くできるが、反面ゴチャゴチャして全体の印象が薄くなってしまう難点がある。そうした印象も『ゴルフ場』と同じだ。たとえばストリキニーネの入手方法にしても、複数の人間が複数の(しかもそれぞれに怪しげな)方法で入手していることが判明する。従って終盤の謎解きの前に、真犯人とは無関係な痕跡や手がかりを整理するプロセスが必要になる。

 しかしながら、こうした氾濫する手がかりをジグゾーパズルのように組み合わせて、鮮やかに絵解きをするクリスティーの腕前はやはり見事だ。このミスディレクションの手法は、後になるともちろんもっと洗練された形でクリスティー作品を支える基本テクニックであり続けるわけだが、その原型はすでにこのデビュー作で出来上がっている。彼女の得意技であるロマンスとミステリの融合も、当然ながらすでに実践されている。

 後年のエレガンス、洗練、そして独特の心地よい静謐感と文学的な奥行きはまだない為、まだまだこれからという感じのデビュー作ではあるけれども、決してつまらない作品ではない。クイーンのデビュー作『ローマ帽子の謎』と比べると、こっちの方が上だと私は思う。



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2 コメント

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AGATHA CHRISTIE`S (sagano)
2014-01-17 00:27:21
大変なエルキュール・ポアロ フアンと自負しております。20年も前、憑かれたように、VHSでほとんど所持。
(葬儀を終えて、開くトランブ、青列車の秘密、チョコレートの箱、スペイン櫃の秘密・・(英国演劇、英語、映像(この時代のインテリア英国家具にもあこがれ気が付けばGETしていた)
すべてにおいてクオリティーがとても高いと感じます。私にとっていつ観ても楽しませてくれる作品なんです。

解説を読ませて頂いて、このVHSのクリヤでない画面で又じっとりと入念に観ております。(笑) 
何冊かは読んだけど、いずれ活字の世界も楽しもうと思っています。

おっしゃるとおり!
エレガント、洗練、独特の心地よい静謐感、文学的な奥行き、それにポアロのブルジョワジー的趣味思考。
英文がついているDVDにして英語聞いて書いて学習してもいいなあと。

ロマンスとミステリ
大学生クイズチャンピオン大会なるものがあるのですね。テレビでやっていました。
恋愛といえばの問いに、即アガサクリスティー
いゃーなんと今の若者洗練されているんですね ! ! !
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ポアロ (ego_dance)
2014-01-19 10:28:52
私も最近、あまたいる名探偵の中でエルキュール・ポアロが一番すごいんではないかと思うようになってきました。活字ばかりで、映画を除いては映像を観たことないんですが、ドラマ版も評判がいいようなので気になっています。でもAmazonでは高いボックスしか売ってないんですよね・・・
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