アブソリュート・エゴ・レビュー

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大統領の陰謀

2013-03-16 21:33:17 | 映画
『大統領の陰謀』 アラン・J・パクラ監督   ☆☆☆☆

 日本版DVDで観賞。ご存知、ニクソン大統領を失脚させたウォーターゲート事件の話である。アメリカの歴代大統領の中で辞めさせられたのはニクソンだけという話だが、やはりアメリカにとってニクソンというのは一種のトラウマなのだろう。DVD特典によると、この映画の公開にもかなりの圧力がかかったらしい。また本作はロバート・レッドフォードとダスティン・ホフマンという二人のスター俳優が別々に映画化を望み、結果的に協業したという経緯からも推察できるように、製作者側の真剣度、覚悟、というものが画面から伝わってくる。そういう意味で、ある種の気品を持った映画だと感じる。

 ただし、これはウォーターゲート事件の全貌をまとめた映画ではない。事件を知らない人がこの映画を観ても、ニクソン辞任までの成り行きは良く分からないだろう。本作の価値はそういうところにあるのではない。この映画が語るのは事件そのものではなく、二人の記者の仕事ぶりである。事件の情報は断片的にしか提供されない。

 二人の記者を演じるのはもちろんロバート・レッドフォードとダスティン・ホフマンだが、この二人の芝居、ケミストリーこそがひょっとするとこの映画一番の見所かも知れない。レッドフォードは社での経験がまだ浅く、理想家肌で、ちょっとお坊っちゃん的なところもあるが、持ち前の知性と優れた倫理感で取材を取り仕切る。ホフマンは10代から記者をやっている叩き上げで、記者としてのテクニック、能力、したたかさはレッドフォードを凌駕する。レッドフォードは例によって表情やしぐさがいちいち魅力的で、ただかっこいいだけじゃなくちゃんとリアリズムも感じさせる。こういう映画ではレッドフォードみたいな華やかなスター性は軽視されがちだが、私はつかこうへいがどこかに書いていたように、観客を二時間映画につき合わせようと思ったら主役の人間的魅力は欠かせないと思う。レッドフォードは確かにいつものレッドフォードだが、彼独特の気品でこの映画に求心力を与えている。

 一方のダスティン・ホフマンは、例の熱っぽくしかも緻密な芝居で映画を支える。たとえば彼が一人で女性証人の家を訪ねる場面。証人は証言を拒否している。彼は安心させるために笑顔を見せる。拒絶されるとタバコをねだり、火を借りる。これで家の中に入ってしまう。そしていつの間にか椅子に座り、取材を開始している。彼が笑顔を見せながら頭脳をフル回転させている、その見せかけの下の緊張感をダスティン・ホフマンは見事なテクニックで表現している。

 私にはなんとなく、映画の中の二人の記者の役割が、この映画におけるレッドフォードとホフマンの役割にダブって見える。そういう意味でも、この二人のケミストリーには妙に説得力がある。人間的魅力と演技テクニックという二人の持ち味が充分に生かされているのである。そして大事なのは、監督があまりあざとい演出をせず、抑制されたトーンで、役者の芝居を淡々と撮っていること。監督はおそらく演技者を信頼し、すべてを委ねている。そんな感じがする。

 主役の二人以外にもいい役者が揃っている。老練で厳しい主幹ジェイソン・ロバーズが良いし、『天国から来たチャンピオン』でも人間味溢れるコーチを演じたジャック・ウォーデン、陪審員第一号ことマーティン・バルサムなど、味のあるおじさん達が新聞作りの職人たちの世界を生き生きと作り上げている。ついでにいうと、こういう連中がこの映画の中ではひっきりなしに電話をかけ、鉛筆を握り、メモを取り、タイプするが、こういうIT以前の肉声・肉筆が溢れているのも本作の味わいの一つだと思う。二人の記者の無数の殴り書きのメモから、合衆国の歴史を揺るがす真実が現れてくるのである。

 それにしても、歴史に残る仕事をした人々というのは、やはりどこかで自分がやっていることへの懐疑と戦っているのだなあ、というのが今回再見して感じたことだ。つまり、これをやれば特ダネだ、あるいはこれをやれば昇進だ、という時には誰だって頑張れるのである。この映画の場合、前半は誰もがネタの価値に懐疑的だ。次の選挙でニクソンの勝利は間違いないし、危険なネタでもある、他社はもうみんな追いかけるのを止めてしまった。何でうちはこれを追ってるのか、何の意味があるのか、とみんなが疑念を呈する。これは全部徒労じゃないか、という恐ろしい疑念が頭をもたげる。しかし、ウッドワードとバーンスタインは追うことを止めない。彼らは自分への懐疑に苦しみながらも、最後には打ち勝ったのである。彼らの名前が歴史に残っているのは運でも技術でもなく、これゆえにではないかと私は考える。

 この映画は、選挙に勝利してテレビに大写しになるニクソンと、それを横に黙々とタイプライターを叩き続けるレッドフォードとホフマン、という絵で終わる。このラストシーンは非常に印象的で、私は好きだが、その後ニクソンが辞職に追いこまれたことはただ文字で紹介されるだけだ。そういう意味ではこの映画の中で事件は完結せず、従って爽快感もなく、また抑制された演出により大げさなスリルにも、分かりやすい起承転結にも欠ける。もちろん泣かせどころなんてのもない。地味といえば地味な映画だ。しかし私はこの映画を観るといつも、じわじわと迫ってくる感動を覚える。地味な仕事を自らこなし、何十回門前払いをくわされても、無意味と言われても危ないと言われても絶対に諦めない二人の記者の姿が、私の脳裏から離れていこうとしないのである。


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2 コメント

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ロバート・レッドフォード (海松)
2013-03-17 22:28:59
 ロバート・レッドフォードは「アメリカのヨン様」みたいで少し苦手だったのですが、この映画の中のレッドフォードは本当にいいですね。

 ピュリッツアー賞の存在もボブ・ウッドワード記者と沢田教一と「アラバマ物語」によって知りました。
 ボブ・ウッドワードは今も「ブッシュの戦争」や「オバマの戦争」が大ベストセラーになっていますが、悩みながらも一大スクープをものにする彼らの姿を描いた『大統領の陰謀』は青春映画のようにも思えます。
Unknown (ego_dance)
2013-03-23 10:15:52
ウッドワードの最近の著作が売れているというのは知りませんでした。いまだに活躍されているとは、さすがです。

この映画、確かに青春映画的な側面もあると思います。最初よそよそしい関係だった二人がだんだんツーカーになっていく過程がいいです。

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