アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

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椿三十郎

2007-11-05 20:28:11 | 映画
『椿三十郎』 黒澤明   ☆☆☆☆☆

 Criterionのツイン・パックで、『用心棒』に続いて『椿三十郎』を再見。久しぶりに観たが、やはりこれは人類の宝である。面白過ぎる。しかもCriterionの拍手もののリストアのおかげで音響、映像ともにピッカピカの新作のような美麗さ。本当にうれしい。日本でも黒澤DVDボックスが出ているが、これと同じバージョンなのだろうか。

 前作『用心棒』はまぎれもないノワールだったが、この『椿三十郎』は違う。ノワール的な味わいは殺陣の中に残しつつも、よりヒューマンな味わい、ユーモア、そして椿の花に象徴される匂い立つような美しさに溢れた、全方位的な映画になっている。だからオーディエンスはこれをアクションもの、知恵比べゲーム、若者の成長もの、ヒューマン感動もの、コメディ、と色んな楽しみ方ができる。三十郎のキャラクターも基本は同じだが微妙な変更が加えられている。『用心棒』の三十郎は弱者への同情心は持ち合わせているものの、ヤクザ達をけしかけて殺し合いをさせて愉しむような物騒な男でもあった。しかしこの映画の中の三十郎には『用心棒』の中にも書いたように、どこか「賢者」の面影がある。冒頭のシーンからそれは明らかで、古寺に集まった若侍達の話を聞いた三十郎は、それだけで真相を言い当てて見せる。彼は言う、「おれはそいつらのツラも知らねえ。だがそれだけに、ツラや見てくれに惑わされることもねえ」

 若侍達は大目付・菊井の立派な見てくれに惑わされる。そしてまた、三十郎の見てくれにも惑わされる。ボロボロの着物を着て、古寺に眠る三十郎を彼らは決して完全には信用しない。正確には信用する派と信用しない派に分裂したまま話は進んでいく。彼らが完全に三十郎を理解するのは映画のラストシーンである。真実はうわべを見ただけでは分からない、それがこの映画を貫く一つの大きなテーマである。

 とにかくこの映画には無駄がない。そしてスピーディーだ。映画が始まるといきなり、古寺での若侍の話し合い。この短い話だけで、物語の大枠と主要人物がすべて呑み込めてしまう。汚職があること、彼らが告発しようとしていること、何か知っている城代の存在、そして大目付の菊井。そこへ三十郎が登場し、城代が傑物で菊井が悪玉であるといきなりどんでん返しの推理をして見せる。これだけでも惹きこまれるのに、そこから加山雄三の「しかし菊井さんとは今夜ここで、集まることにしてきたのです」の一言で、息つく暇もなくスリリングなアクション・シーンへと移行して行く。とにかく見事な脚本で、徹底的に計算し尽くされている。何度観ても惚れ惚れしてしまう。しかも、この映画は全篇こうなのだ。ほとんど信じられない。

 あらゆるシーンで、「真実と見せかけ」テーマのバリエーションが繰り広げられる。城代を救いに行った時、三人の見張りが室戸(仲代達矢)一人に変わる。若侍「今のうちに行こう!」三十郎「てめえめくらか。さっきのは三匹だが猫だ。今のあいつは一匹だが虎だぜ」

 そして城代の奥方と娘が登場する。このコンビ、特にこの奥方はとても重要なキャラクターである。こういう物騒な状況には何のノウハウもない呑気なコメディ・リリーフ的キャラでありつつ、同時に、ある意味三十郎を凌駕する賢者なのである。奥方は三十郎に言う「あなたはちょっとぎらぎらし過ぎていますね」「ぎらぎら?」「まるで抜き身のよう」「抜き身?」「そう、まるで抜き身の刀のように、あなたはよく切れます。でも本当にいい刀は、鞘に入っているものですよ」

 これには三十郎も返す言葉がない。そして三十郎は斬ろうとしたのだが、奥方の反対で捕まえた見張りは連れて帰ることになる。そしてこの見張りがまたその後の展開の中で、重要な役割を果たすことになるのである。この映画の中ではあらゆるキャラクターが複雑に仕組まれ、最大限に生かされている。おそらくこの映画のもっとも感動的なシーンは終盤、この見張りが完全に城代側の味方になり、若侍達と手を取り合って喜び合うところだろう。一瞬後全員がそれに気づき、沈黙が訪れる。見張りは気まずそうにお辞儀をし、自分が「閉じ込められている」押入れに戻っていく。見事なコメディ・シーンであると同時にとても感動的だ。この見張りはそれ以外にも、若侍達が三十郎を信用するしないでもめている時「ちょっとすみません」と押入れから現れ、「私もあの浪人を信用しますね」と議論に参加するなどして笑わせる。

 この見張り(小林桂樹が軽妙に演じている)がだんだん魅力的な人間性を発揮してくることで、奥方の判断が間違っていなかった、ある意味三十郎より正しかったことが分かる仕組みになっている。「やたらに人を斬るのは、悪い癖ですよ」という彼女の言葉が重みを持ってくる。そしてまた、「本当にいい刀は、鞘に入っているものですよ」という言葉も。

 城代が最後まで登場しないのも面白い。映画の冒頭で、城代はつまらない見てくれ、菊井は申し分のない見れくれをしている、と紹介される。悪役の菊井はすぐに登場し、オーディエンスにその姿を見せる。確かに立派な外見をしている。では城代は? と誰もが思うに違いないが、その楽しみはクライマックスの後まで取っておかれる。そしてついに救出された城代が登場した時、私達は膝を打って笑うことになる。これも見事な演出だ。

 この映画では途中で三十郎のものすごい殺陣(一人で何十人と斬ってしまう)があるが、クライマックスではチャンバラがない。終始頭脳戦で決着がつく。にもかかわらず、このクライマックス・シーンの爽快感は比類がない。すべては脚本、映像、演出、音楽が一体となって生み出すマジックだ。囚われの身となった三十郎が舌先三寸で黒藤たちを騙し、小川に椿の花を落とさせる。カメラが切り替わり、隣の屋敷。流れに一輪、二輪と白い椿の花。そして一気に椿の洪水。私達が美しさに息を呑むと同時に、「来たぞ!」の声。じりじりしながら待っていた若侍達が勢いよく障子を開ける。ファンファーレが鳴り響く。一瞬後カメラは奥方と娘を映し、「まあきれいだこと!」そして若侍たちが飛び越えていく小川の中に、流れていく白い椿の花の群れ。この流れるようなシークエンスはまさに芸術だ。

 そして事件に決着がついた後、最後に超目玉シーンが待っている。もちろん三十郎と室戸の決闘だ。このDVDの特典では、仲代達矢の着物がNGに備えて十着以上も用意してあったとか、血のりの吹き出す勢いで後ろに倒れそうになったとか、色んなエピソードが紹介してある。とにかくこのシーンがあらゆる時代劇の中でもっとも有名な殺陣であることは間違いない。映画好きで知らない人はいないだろうが、二人がゆっくりと手を出し、そのままじーっと立ち尽くすこと約30秒。室戸がすばやく動いた、と思ったらもう決着がついている。室戸の胸から血しぶきが舞い上がる。いやー壮絶。

 この映画の中の三十郎は、まさに「理想の男」像といえるのではないか。強く、賢く、厳しく、義侠心に溢れ、それでいて抹香くささや窮屈さはなく、茶目っ気たっぷりだ。とにかく一言多い性格で、若侍達を閉口させる。「こう金魚のうんこみたいにつながってこられちゃかなわねえな」「面白くもおかしくもない案だが、眠気ざましにちょうどいいぜ」私が特に好きなのはこれ。(酒を飲んでる場合じゃないという田中邦衛に)「おれぁ酒のんだ方が頭よくなるんだぜ」
 この三十郎が『七人の侍』で三船が演じた菊千代をモディファイしたキャラクターであることは良く知られている。実際、表情や口ぶり、特に憎まれ口の叩き方がそっくりである。

 DVD特典で撮影の裏話が紹介されているが、赤い椿を白黒画面でより「赤く」感じさせるために、赤ではなくて黒にしたらしい。実際は黒い椿だったわけだ。それから椿の葉はしおれて見えるので葉だけ他の木の葉を使ったとか、黒澤監督が咲き乱れている無数の椿の花の一つを指差して「1センチ横に動かして」と指示したとか。あらゆる妥協を排した現場のすさまじさが伝わってくる。笑ったのは仲代達矢の話。「仲代を黒くしろ」の黒澤監督の指示で、仲代達矢は顔を焦茶に塗られ、おまけにやたらに額が広いヅラを付けられて黒澤監督に「こりゃタコだな」と言われたらしい。確かにこの映画の中の仲代達矢の顔はやたら黒く見える。ルックスだけでなく話し方や発声も変えて、『用心棒』の卯之助とはまったく違うキャラクターを作り出しているのはさすがだ。

 確か私が最初に黒澤映画を観たのがこれだった。それまで重苦しい気がして黒澤を敬遠していた私はこの映画の面白さと洒脱さに驚愕し、その後黒澤映画を手当たりしだいに観まくることになったのだった。

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2 コメント

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Unknown (sugar mom)
2012-08-20 22:46:40
egoさんの黒澤レビューを読みたくて、のべつまくなしに過去の批評をみています。
黒澤明編・成瀬巳喜男編、というふうにカテゴリーに分けていただけたら・・・・
そうすると、おもわぬ掘り出し物には出会わなくなる確率も高くなるわけで、どっちもどっちだな。
Unknown (ego_dance)
2012-08-25 11:47:29
いや、もっと細かくカテゴリー分けしようかと思うことはあるのですが……どうも根が不精なもので。

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