アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

ファイアスターター

2010-01-28 21:47:29 | 
『ファイアスターター(上・下)』 スティーヴン・キング   ☆☆☆☆

 再読。これはキング作品の中でも好きな方だ。構成がすっきりしていてメリハリがあるし、クライマックスの盛り上げ方もうまい。『デッド・ゾーン』と並んで、キングのストーリーテラーとしての技が最上の形で発揮されていると思う。私が嫌いな、超自然的な「邪悪な存在」が出てこないのもいい。

 この小説は多分ホラーではない。『呪われた町』や『シャイニング』のようにコワイ小説ではなく、やはり『デッド・ゾーン』と似た路線の泣ける物語である。主人公の少女チャーリーの両親はかつて小遣い稼ぎに薬物投与の実験に参加し、その結果思いもよらぬ超能力を得る。二人はただちに実験の後ろで糸を引いていた政府機関「店」(ザ・ショップ)の監視下に置かれる。二人は恋に落ち、結婚する。そして生まれたチャーリーは両親のどちらとも違う、そして両親のどちらよりもはるかに強力な念力放火能力=バイロキネシスを持つ超能力者だった。親子三人、かりそめの平和な日々も長くは続かない。突然動き出した「店」はチャーリーを捕獲しようとして母親を殺し、逃走する父と娘を手中にするべく執拗に追っ手を差し向けてくる…

 キングにしては珍しく、いきなり進行中の事件から本書は始まる。冒頭描かれるのは少女の手を引いてニューヨークを逃げ回るアンディの疲れ果てた姿、そしてそれを追うビジネススーツ姿の男たち。この「絵」がなかなかいい。印象的である。読者はただちに絶望的な逃走劇の只中に放り込まれ、この逃走劇は上巻の最後までずっと続く。平行して、アンディの回想の形で若かりし日のアンディとヴィッキーの出会い、薬物実験への参加、そして「店」によるヴィッキー殺害などが語られるが、このフラッシュバックと逃走劇の交錯もうまい。

 そして上巻の最後でとうとう「店」に捕まってしまい、後半は二人が監禁されている「店」の施設が舞台となるが、前半とは雰囲気もガラッと変わり、時間もかなり経過したことになっている。前半のスリルは一旦リセットされる。父親のアンディは薬漬けで抵抗する気もなくし、ただぼーっとテレビを観るだけという無気力状態に陥っているし、チャーリーは口もきかない引きこもり状態。もちろん互いに連絡を取ることもできない。この八方ふさがりの状態から、壮絶なクライマックスに向けてまたあらためてだんだん盛り上がっていくわけだが、本書はこういう具合に前半と後半で異なるテイストの二つのストーリーが組み合わさって構成されており、これが全体の印象を鮮やかにしている。

 ところで父親のアンディの能力は他人を精神的に「押し」て、自分の思い通りの行動を取らせるという精神支配である。そんなことができれば無敵だと思うかも知れないが、この能力はものすごく体に負担がかかり、何度か使っただけで激しい頭痛に襲われ頭の中に「ぱかっ、ぱかっ、ぱかっ」と馬が走る音が聞こえ始めるので、そうそう頻繁には使えないことになっている。このアンディの精神支配能力、そして本書の目玉であるチャーリーの念力放火が使われる場面は意外なほど少なく、読んでいて欲求不満になりそうになるが、このじらし方がまた巧みなのである。こういうのは調子に乗ってバンバン使うとありがた味がなくなる。チャーリーの念力放火が思い切り炸裂するのは前半に一回、終盤に一回、たったこれだけだ(小出しにする場面は他にもあるが)。だからこれらの場面で読者が感じるカタルシスは非常に大きい。アンディが精神支配を使って追っ手からチャーリーを奪い返す場面は前半に一度だけあるが、この時の能力の切れ味はあまりにも鮮やか。見せ場の一つになっている。そして後半、アンディはまったくこの能力を失ってしまうが、最後にまた復活して俄然クライマックスを盛り上げていく。このじらしテクはさすがキング・オブ・ホラーである。じらし上手と呼ばせていただく。

 基本的には、邪悪な組織「店」に追われ、監禁され、チャーリーが最後の最後に念力放火で目にものを見せる、という勧善懲悪エンタメの王道パターンだが、キング独特の哀しい抒情性が物語を膨らませている。アンディとチャーリーの親子の絆、そしてアンディとヴィッキーの若き日の愛。個人的に一番にツボに来るのは、終盤近く、チャーリーが見る夢の場面だ。チャーリーは夢の中で目覚め、パパとママを大声で呼ぶ。「ママ、いま夢を見たの、パパとママが死んじゃった夢!」すると母親のヴィッキーはチャーリーを抱きしめて言うのである。「さあさあ、チャーリー、もうだいじょうぶよ。もう朝だし、それに、ばかげた夢じゃない?」

 ラストもなかなか洒落ている。チャーリーは自分を守るため、信頼のおける、全国的規模の、しかし絶対に政府の紐付きではない新聞社か雑誌社に真実を打ち明けたいと思う。しかしそんなところがあるのだろうか? 彼女は図書館員の青年に尋ね、青年は答える。チャーリーはその場所を訪ねていく。さてチャーリーはどこに行ったのでしょう。答えは本書をお読み下さい。

 ところで宮部みゆきは本書にインスパイアされ、同じく念力放火能力を持った女性を主人公にして『クロスファイア』を書いた。しかし残念ながら、作品の出来は本書の足元にも及んでいない。カタルシスといい「泣き」の情感といい、終盤の盛り上がりといい、物語の求心力といい、すべてにおいてこっちの方が上である。


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