アブソリュート・エゴ・レビュー

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白昼の死角(映画)

2012-11-02 20:38:20 | 映画
『白昼の死角』 村川透監督   ☆☆☆☆

 小説『白昼の死角』が非常に面白かったので、映画も観てみようと思って今年発売されたDVDを入手した。1979年作品。

 まあ何と言うか、非常に昭和っぽい猥雑さといかがわしさと、エネルギッシュなところマンガっぽい大味なところなどがごたまぜになったアクの強い映画である。角川映画ではないけれども角川映画っぽい。角川春樹もちょっとだけ出演しているし。監督は松田優作の映画でお馴染みの村川透で、ハードボイルドな味は確かにあり、また主演の夏木勲の力のこもった演技もあって凄みはあるのだが、同時に子供騙し的な安直さもあちこち目について、まあ、確かにこの頃の邦画ってこんなだったなあ、と思いながら観た。だから欠点は多い。欠点は多いが、私は結構楽しめた。傑作とまでは言わないけれども、猥雑なパワーに溢れる佳作と言っていいんじゃないかと思う。

 はっきり言って原作を傑作にしていたプロットの緻密さ、リアリズムは半減している。それに伴いあの硬派な迫力も半減だ。原作未読で映画だけ観た人は、「なんかしょうもない詐欺やってるな。こんなのうまくいくわけないし、これで犯罪の天才なわけないじゃん」と思うだろう。尺の関係で仕方がないものの、犯罪計画の細部がはしょられていることもある。私は原作を読んでいるので脳内補完しながら観た。

 逆に映画ならではの愉しさといえばやはり、キャストだろう。かなりの豪華キャストだ。主演の夏木勲は主役級というより名脇役の印象が強い俳優さんだが、この人のちょっと地味な感じがこの映画の場合ではプラスに働いている。そして彼を囲む脇の人々が豪華で、まず最高なのが検事の天地茂。あまりにも鋭い目つきと理性的な口調でじわじわと鶴岡(夏木勲)に迫る、あの迫力と威厳には何物にも変えがたい魅力がある。それから鶴岡の友人であり協力者に竜崎勝と中尾彬。クールで強靭な鶴岡に比べ、それぞれちょっと情けないところがいい感じだ。ヤクザの千葉真一はどう見てもマンガなので省くとして、冒頭いきなり焼身自殺してしまう岸田森も微妙にマンガ臭を放っている。どうみても学生には見えない。

 鶴岡に騙される人々の顔ぶれがまた豪華である。佐藤慶や成田三樹夫という、いつもは人を騙している悪役ヅラ俳優が企業のお偉いさんとして登場し、見事に騙される。登場時の重厚感と、騙されたと分かってからのあわてっぷりのギャップが素晴らしい。それからちょい役で友情出演している名優達、どう見ても無能なサラリーマンの西田敏行、威厳たっぷりに怒鳴り散らす丹波哲郎、とこういう人達の使い方もなかなかツボを押さえている。

 女優陣は鶴岡の愛人を島田陽子、鶴岡の妻を丘みつ子が演じている。島田陽子はきれいだけれども、丘みつ子は最初「この人誰?」状態だった。この人はもうちょっと歳とってからの方がきれいだな。しかし二人とも死に方が悲惨である。島田陽子は鶴岡を守るために中尾彬に「抱いて」と迫り、どさくさにまぎれガスで偽装心中を図る。そしてその事実を天地茂の検事が鋭すぎる目で鶴岡を見つめながら告げ、「もちろん私は信じないがね」とクールに言い放つ。いいなあ。やはりこの映画はこういう愉しみ方が正解だろう。

 他にも、たとえば宇崎竜童がバンド演奏のシーンで歌っている、なぜかほんのチョイ役でアラカンが出ている、など見所があり、ここまではいいのだが、さっき書いたように角川春樹や原作者の高木彬光までチラッと出演している。洒落のつもりだろうが、こういうくだらない受け狙いが映画を安っぽくする。

 あと、特に前半は戦争、敗戦、という背景がいやに強調されているのが印象的だった。セリフにもやたら「アプレ」とか「アプレゲール」とか出てくる。最近の若い人達は何のことか分からないだろうが、要するに戦後の虚無的な若者たちのことである。戦争、敗戦がもたらした虚無感、そして道徳観念の荒廃が鶴岡のような男を産んだ、ということだろう。

 ラストは鶴岡が海外へ旅立つところで終わるが、千葉真一との別れの場面はいかにもクサい。この頃の邦画ってこんなだったなあ、としみじみする。しかしまあ色々と傷は多いが、全体としては熱気と猥雑なパワーがあって悪くなかった。劇画感覚で観る映画だ(「劇画」も死語だろうか?)。


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