アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

会いたかった人

2018-03-04 17:38:06 | 
『会いたかった人』 小池真理子   ☆☆☆☆

 アンソロジー『かなわぬ想い―惨劇で祝う五つの記念日』の「命日」が面白かったので、小池真理子の短篇集を購入した。「短篇セレクション サイコ・サスペンス篇〈1〉」と銘打たれている。血みどろホラーは好みじゃないが、サイコ・サスペンスは大好物である。短篇集といっても、収録されているのは「会いたかった人」「倒錯の庭」「災厄の犬」の三篇のみ。ということは、一篇一篇がそれなりに長い。それぞれ内容を簡単に紹介する。

「会いたかった人」 表題作になっているだけあって、収録作中もっともサイコ・サスペンスらしい作品。仕事にも家庭にも恵まれ、テレビ番組にも出演できるようになった女性評論家が番組中で昔の親友の話をすると、放映後その親友から電話がかかってくる。何十年ぶりかで会ってみると、きれいで品が良くて頭も良かった親友は見る影もなく変わり果て、不快感すら感じさせる中年女になっていた。しかも女は、ヒロインとその家庭につきまとうかの如く接近してくる…。

 久しぶりに親友に会ったなつかしさと、あまりの変貌ぶりに衝撃を受ける居心地の悪さを、うまくバランスを取りながらリアルに描き出していくあたりが作者の腕の見せどころだ。それから若い時に、お互い子供を作らないようにしよう、もし裏切ったら裏切られた方が子供を殺しに行くことにしよう、なんて約束をしていたというのがコワい。こんな約束を10代の女子がするかと思うが、まあ変わり者同士ならするかも知れない。そしてもちろん、ヒロインには子供がいるのである。という具合に、発端と展開は実に面白く、スリリングだが、オチのつけ方が好きじゃない。ネタバレしないように書かないでおくが、人間が変わるという点が不気味なのだから、それをスポイルような結末はむしろ怖さを半減させてしまう。

「倒錯の庭」 これは何というか、サイコ・サスペンスというより暗く妖しい恋愛ものと言った方がふさわしい。田舎に住む、一度結婚に失敗した孤独な女。彼女が出会う、陰りを帯びた年下の男。女は、冷たくそっけない男にどうしようもなく惹かれていく。もう、すぐにTVドラマになりそうである。私のイメージは、孤独だがプライドが高そうな女は若い頃の萬田久子。陰りを帯びた寡黙な庭師の男は若い頃の豊川悦司(最近の俳優が思い浮かばないのが悲しい)。

 まあそれはいいとして、この二人の出会い、そして奇妙で背徳的な愛のなりゆきが読みどころである。孤独感、寂しさ、メランコリーのムードがいっぱいに立ち込め、ムード満点だ。なかなか良いが、なぜ男がそこまでするのかがよく分からない。後半の展開はちょっと飛び過ぎな感じで、結末が浮いている印象。

「災厄の犬」 これは珍しい、犬が題材のホラー。主人公は男性の会社員で、もともと犬好きなはずなのに妻と娘が拾ってきた犬を不快に感じる。おまけに、それ以降次々と災厄が降りかかってくる。主人公はすべてこの不気味な犬のせいだと確信し、可愛がっている妻や娘にバレないよう、休みの日にこっそり遠くへ行って捨ててくる。これで災いの元はなくなったと思いきや…という話。

 これは冒頭の設定から展開、ひねり、そして結末に至るまで間然するところがない、見事な構成だ。完成度は収録作品中もっとも高いと思う。読みどころはやはり、犬の描写の不気味さ。妻や娘は可愛がっているのに主人公の目には不気味に見えるという設定なので、やはり作者のテクニックが問われるところだ。それから、色んな災厄の連鎖によってだんだんと追い詰められていく主人公の心理、その閉塞感と鬱病者が秀逸。バーの女と行きずりの関係を持つエピソードも、エロティックどころかむしろ寒々としたわびしさを醸し出すところがうまい。ラストはある程度予想がつくが、やっぱり怖い。

 解説にある通り、ストレートなサイコ・サスペンスものである「会いたかった人」、ストーリーより雰囲気で魅せる「倒錯の庭」、そして両者がバランスよく融合した「災厄の犬」、と作者の三つの時期を象徴する作品が選ばれている。小池真理子の作風の変遷の中から、おいしいところを読者が味わえるようにという配慮らしい。しかし「会いたかった人」と「倒錯の庭」は、短篇というより長篇向きのアイデアではないだろうか。あそこでサクッと終わってしまうのがもったいない。どっちも、「え、もう終わっちゃうの?」と思ってしまった。もっとエピソードをたくさん盛り込んで長篇にして欲しい題材だ。ラストの「災厄の犬」だけはそう感じさせず、あそこで終わるしかない、という気がする。



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