アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

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レベッカ

2006-02-18 13:09:25 | 
『レベッカ(上・下)』 ダフネ・デュ・モーリア   ☆☆☆☆☆

 ヒッチコックの映画化で有名なデュ・モーリアの『レベッカ』。最初に読んだのは中学か高校の頃だったと思うが、それ以来なぜか病みつきになり何度も読み返している。読んでしばらくするとまた読みたくなってくるのだ。

 最初に読んだ時はまったく予備知識なしに読み始め、冒頭を読んでこれは恋愛心理小説だなと思った。劣等感のカタマリのようなヒロインが思いがけず上流階級の仲間入りをし、ほとんど完璧な貴婦人であったらしい前妻レベッカの影に引け目を感じつつ、夫の愛情を得ようと涙ぐましい努力をする。ミステリばかり読んでいた子供にとってこのゆったりした展開、女性心理の機微の細かい描写は退屈で、途中まで読むのに随分と時間がかかった。ところが後半に入って意外な展開になり、ようやくこの小説がただの恋愛小説でないことに気づいた。そこからの面白さはハンパじゃなく、最後の1/4は一晩で一気に読んだのを覚えている。

 こう書くと最後しか面白くないのかと思われそうだが、決してそうではない。今ではむしろ最後の急展開の前までがいいと思っている。というか、再読時にはどんでん返しの驚きはないので終盤のインパクトは衰えるが、今度は前半のきめ細かな心理小説の部分の魅力がどんどん増していくのである。ということはつまり、初読時にはハラハラドキドキが楽しめ、再読すると今度は繊細なロマンティズムが楽しめるという、何度読んでも飽きがこないおとくな小説ということだ。

 設定やあらすじはほとんど少女マンガの世界である。貧しい境遇の内気な女性が英国有数の大金持ち、絵葉書になるぐらい有名な地所マンダレイの所有者マキシム・デ・ウィンターと知り合い、突然結婚する。そしてやってきたマンダレイはまさに夢のように美しく豪奢な邸宅。大勢の召使いと意地悪な家政婦のいびり。いかにも貴族然としたマキシム。そして完璧な美貌と才能の持ち主だった前妻レベッカの影。

 マキシムがヒロインにプロポーズするシーンがメチャメチャかっこいい。「私」の雇い主が急にニューヨークへ行くことに決めたため、「私」はあわててマキシムに最後の挨拶にいく。時間はもう10分ぐらいしかない。彼女の胸は悲しみのあまり潰れそうだ。マキシムは彼女の別れの挨拶を聞いてもあわてず騒がず、淡々と言う。「ヴァン・ホッパー夫人はニューヨークへ、そして僕はマンダレイへ。あなたはどちらがお好きですか? どちらでもいい方をとりなさい」「あなたは、秘書でもお入り用なんですか?」「いや、僕はあなたに結婚を申し込んでいるんですよ、鈍感なお嬢さん」

 まるでハーレクイン・ロマンスである。しかしこれが安直にならないのは、暗い抒情をたたえたデュ・モーリアの文章が素晴らしいからである。作者はこの感受性豊かな女性の心理をことこまかに、震えるような繊細なタッチで描き出していく。

 作品全体を通して特徴的なのは、時の流れに対する甘美な感傷性である。この一瞬一瞬がかけがえのないものであり、過ぎ去ってたちまち思い出になってしまうものであり、不断に移ろい、決して取り戻すことができないものであるという愛惜の念が、通低音として常に鳴り響いている。序盤で「私」がマキシムに言う、この瞬間を香水のように壜につめることができたら、という言葉がそれをよく表している。そしてこの感覚こそが、骨格だけ見るとまるでハーレクイン・ロマンス+サスペンスのエンタメを、ここまで美しい小説にした最大の理由だと思う。

 「私」のマンダレイでの悩ましい日々を淡々と描いた前半は、前に書いたようにサスペンス味は薄い。だからハラハラドキドキだけを求める読者は失望するかも知れないが、日常の中でのささやかな幸福や不安感が繊細に描き出されていて、じっくり読むと非常に味わい深い。特に、ふとした会話や行為によって、幸福感がたちまち不安や悲しみにとってかわってしまう瞬間を描かせたら絶品である。そういう震えるようなセンシビリティが、品の良い抑制されたサスペンスを醸し出すのである。だから恋愛小説が苦手な私でも引き込まれてしまう。

 ちなみに、主人公である「私」の名前は小説中一度も出てこない。「かなり変わった名前」と説明されるだけだ。そしてそれが、名前だけあって一度も姿を現すことがない「レベッカ」の恐るべき存在感と見事な対照をなしている。

 ところでヒッチコックの映画はかなり原作に忠実だが、やはりテンポが速くなっていて、サスペンス色を濃くしてある。家政婦のデンヴァース夫人などかなり異様な、狂気じみたキャラクターになっているが、原作は映画よりもっと抑制されていて、ニュアンスに富み、繊細である。

 長くなったが最後にもう一つ。小説の中で、「私」がレベッカに対するコンプレックスをフランク(マキシムの代理人)に打ち明けるシーンがある。優雅さ、美貌、聡明さ、機知、そういう長所を持っていたレベッカに引け目を感じる、と。フランクというのは真面目で礼儀正しい男だが、その彼がこの時こう言う。「あなたは、それと同じくらい大切な長所、いや、実を申せば、それよりはるかに大切なたくさんの長所をもっていらっしゃいます」そしてそれは親切さ、真実さ、つつましさだと告げる。私はどういうわけかこの場面を読むといつも、感動して涙が出そうになるのである。

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