アブソリュート・エゴ・レビュー

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愛その他の悪霊について(映画)

2012-01-28 20:52:20 | 映画
『愛その他の悪霊について』 イルダ・イダルゴ監督   ☆☆☆★

 マルケスの『愛その他の悪霊について』が映画化されていることを知り、日本語版のDVDを入手した。

 ストーリーはほぼ原作に忠実ながら、雰囲気は違う。一言で言うと、お耽美系である。美しい。繊細なガラス細工のようなフィルムになっている。トーンは一貫して静謐であり、しっとりであり、原作の持つロマンティックな側面が強調されている。その一方でカリブ的奔放さやマルケスのしれっとしたユーモア、マジックリアリズムの奇想などは影を潜めている。マルケスというよりダフネ・デュ・モーリアかフィリップ・クローデルか、という感じである。が、これはこれで悪くない。

 マルケスの原作では、舞台となるカルタヘナは他のラテンアメリカ小説と同じく熱帯的な猥雑さを感じさせるが、この映画の中では絵葉書のように美しい中世の海岸都市である。石畳と城壁の向こうに青い海が広がり、潮騒が聞こえる。もちろん主人公であるシエルバ・マリアも美しい。原作からはこんな美少女という印象は受けなかったぞ。むしろ小汚い少女だったはずだ。しかも、12歳とは思えないくらい大人っぽい。が、相手役であるデラウラ神父も美形のイケメンかというと全然そんなことはない。

 静謐でシンプルな物語として再構成されるにあたり、原作にあった侯爵とその愛人のエピソードなどは全部割愛されている。ひたすらシエルバ・マリアとデラウラ神父のひめやかな、禁じられた愛の物語にフォーカスしている。また悪魔祓いがテーマだが、グロテスクなシーンやエロティックなシーンはまったくない。だからとても見やすい反面、おとなしい、こじんまりした映画という印象を受ける。ただきれいな画面が次から次へと続く感じ。別にスキャンダラスな映像を入れろという意味ではないが、何か物語の核となるような強靭なイメージ、たとえばブニュエルの映画にあるような呪縛的なショットがいくつかあれば、傑作になったんじゃないかという気がする。

 最後、原作ではわりとショッキングな展開になるが、映画はその部分も婉曲表現で、あくまで品がいい。そして結末も、ものすごくさりげない終わり方だ。どうせロマンティックなラブ・ストーリーなんだからもうちょっと劇的に盛り上げても良かったんじゃないかと思うが、それがこの映画の志の高さという見方もできる。最後まで婉曲表現だ。少なくとも、ベタベタのお涙頂戴にしてしまうより全然良い。

 ところでアマゾンの商品説明にはこれのことを「エロティックドラマ」と書いてあるが、別にエロなシーンはない。私も最初シエルバ・マリアが予想以上に美少女だったので、つい妙な期待感を持ってしまった。そういう下心をもって観ると肩透かしをくらうのでご注意。

 というわけで、中世が舞台の、きれいな、上品な、静謐なロマンティック・ストーリーが観たい人向けの映画である。悪霊憑きがテーマだけれども怖いシーンはまったくないのでご心配なく。しっとりしみじみします。


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