アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

Snakes & Arrows

2007-06-05 18:54:02 | 音楽
『Snakes & Arrows』 Rush   ☆☆☆☆☆

 カナダの至宝、ラッシュの新作。5/1の発売日にすかさず買ってきて聴きまくっている。で、結論。大傑作。傑作が多いラッシュだが、これがキャリア中最高傑作ではないかと思えるぐらいの傑作である。

 前作『Vapor Trails』は賛否両論だった。久しぶりのラッシュ復活に狂喜したのはみんな同じだったが、以前のラッシュとのあまりの変貌ぶりに、昔のマジックが失われてしまったと嘆くファンと、やっぱりラッシュはいいぞというファンとに真っ二つに分かれてしまった。どっちかというと戸惑ったファンの方が多かったようで、私もそうだった。ラッシュ独特のメロディ・センスと演奏のフットワークが減退しているように感じたからだ。とはいえ、決してバンドのエネルギーが低下していたわけではなく、むしろ確信のカタマリのようなものすごいへヴィーなサウンドで、その迫力は完全に以前を上回っていたと思う。とにかくこの人達はアルバムごとにどんどん変わって行くので、「毎回変化にチャレンジするのはやめてくれ!」と悲鳴のようなレヴューを米Amanzonに書き込むファンもいるぐらいだ。このキャリアの長さにしてこの進化力にはまったく恐れ入る。だから『Vapor Trails』も「騒音だけ」と断じるファンもいれば、「間違いなく最高傑作!」と言うファンもいるという、極端に分裂した反応を巻き起こした。

 その『Vapor Trails』がある意味実験作だったとしたら、それに続くアルバムでその成果が示される可能性大だったわけであり、そういう意味ではファンの期待と不安を一身に背負った新作だったわけだ。そしてラッシュは見事に期待に応えてくれた。『Vapor Trails』の延長線上にあるサウンドで、『Vapor Trails』が気に入らなかった私のようなファンも完璧に納得させてくれたのである。いやほんと、この人達のクリエイティビティには感心するよ。

 『Vapor Trails』でファンを驚かせたシンセサイザーの排除は、本作でも基本的に踏襲されている。ごく一部の楽曲で使われているが、ほとんどのアレンジはギター、ベース、ドラムだけでなされている。『Armor and Sword』は壮大で美しいサビを持つ曲だが、ここなんかは昔だったら確実にシンセサイザーが入っていたところだ。しかし今のラッシュはギター・サウンドで美しい広がりを出してしまう。このシンセサイザーとシーケンサーの排除のせいでサウンドは昔ほど華美ではないが、むしろ端麗になっていて私は好きだ。
 それからアコースティック・ギターやマンドリンが多用されている。アコースティック・ギターだけのインスト曲『Hope』も収録されているし、激しい曲でもアクセントとして頻繁に使われている。これによってエレクトリックとアコースティックが融合した不思議にオーガニックな感じが漂っている。昔のラッシュのアレンジではアコースティック・パートとエレクトリック・パートははっきり分かれていたが、その境界が揺らいでさらにアレンジ力が増しているのが分かる。
 
 そして前作ではあえて封印されていた感のあったラッシュのお家芸、アクロバティックなキメの快感が大復活している。一発目、『Far Cry』のイントロを聴くだけでもうラッシュ・ファンは狂喜乱舞だ。変拍子の嵐の中でビシビシ決まるユニゾン(ここでもアコースティック・ギターのバッキングが入っている)、そして繰り返すたびにいちいちキメが変わるリフ。このクラシック・ラッシュ的なアレンジが前作で実験されたへヴィーな空間を埋め尽くすギター・サウンドとごく自然に共存している。サビのメロディの流麗さとへヴィーさ、スリリングな演奏と確信みなぎる力強さ。いやもう、この『Far Cry』のスーパーなカッコ良さだけで私の目には涙が。

 続く『Armor and Sword』はミディアム・テンポで、へヴィーなリフと壮大なサビをあわせ持つ美曲。ひたすら疾走する『Far Cry』とは対照的で、この冒頭二曲の掴みとバランスの良さも、かつてのラッシュのアルバム構成を彷彿とさせる。『The Larger Bowl』はアコースティック・ギターのバッキングで歌われるうって変わって明るくポップな曲。最後の方でゲディのヴォーカルが輪唱みたいになって結構盛り上がる。『The Main Monkey Business』は本作に収録された三つのインスト曲のうちの一つ、そして疑いもなく目玉曲だ。「ラッシュのインストにはずれなし」とは私の名言だが、この言葉を裏書きする強力な実例と言わなければならない。これまで『Leave That Thing Alone』と『Limbo』が私の中でベストを争っていたが、この『The Main Monkey Business』の出現によって現時点のベストは決まってしまった。スピード感、ラッシュ独特のメロディ、展開の奔放さ、静と動のバランス、ギターの切れ味、変拍子のセンスの良さ、すべてが最高である。そしてこのインスト曲の中で、シンセサイザーの音が控えめながら効果的に使われている。

 『Hope』はアコースティック・ギターのみの短いインストで、アレックス・ライフソンのソロ。そして『Faithless』がまた壮大なサビを持つ、ドラマティックな美曲。シンセサイザーによるオーケストレーションが入っていて盛り上がる。『Malignant Narcissism』は三つ目のインスト曲で、2分ちょっとと短いがアグレッシヴなベースの音が超快感。ベースとドラムの短いソロを交互にフィーチャーしたパートもあり、新釈『YYZ』みたいなスリリングな曲。ベースのハーモニクスのスライドで終わるのがカッコええなあ。そしてラストの『We Hold On』はアルバムを締めくくるにふさわしい密度の濃い力強い曲。

 もうおなかいっぱい。ラッシュのアルバムはいつもそうだが、最初聴いた時は変貌ぶりに驚いてピンと来ず、聴き込むにつれてどんどん良くなることが多い。というか、私の場合は前作『Vapor Trails』以外は全部そうだった。それはこの『Snakes & Arrows』でも同様で、最初は『Vapor Trails』っぽいな、とピンと来なかったのである。それが今度は聴き込むに連れてどんどん良くなってきた。聴くたんびに好きな曲が増えて行く。ラッシュの黄金パターンである。よし、次はツアーだ。
 ちなみにラッシュは1984年以来日本には行っていない。日本のラッシュ・ファンは二度目の来日が悲願だろうが、私はツアーのたびにコンサートに行けるのである。米国在住のメリットの一つだ。


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