アブソリュート・エゴ・レビュー

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男はつらいよ 寅次郎恋やつれ

2013-12-01 22:46:31 | 映画
『男はつらいよ 寅次郎恋やつれ』 山田洋次監督   ☆☆☆☆

 シリーズ第13作。今回は、第9作『柴又慕情』に登場した歌子さん(吉永小百合)再登場の巻である。同じマドンナの再登場はこの時点では初の試み(第15作『寅次郎相合い傘』でリリー再登場となる)。個人的にはそれほどピンと来ない作品だった『柴又慕情』より、今回の『恋やつれ』の方が良いと思う。

 まず、色々と新機軸がある。冒頭の夢のシーンはいつものコミカル路線やパロディ路線とちょっと違って幻想的だし、なんといっても冒頭とらやに帰ってきた寅がいきなり「結婚する」と宣言するのもびっくりだ。つまり寅はすでに誰かに恋愛しているわけであり、結婚まで意識しているということは普通なら映画後半ぐらいの状況にあるということだ。この隠れマドンナといってもいい「絹代さん」に、もちろん寅は失恋してしまうのだが、この絹代さんがそれほどの美人でもなく、寅の言う通りいつも真っ黒になって働いている堅実な女性であることで、なんだか寅の男としての純真さを再確認できた気持ちになる。

 それにこの絹代さんエピソードはなかなか味わいがあって、さくらとタコ社長が寅に連れられて絹代さんに会いに行くのもいいし、ダメと分かった後のタコ社長のリアクション、やっぱりダメだったか、でも絹代さんって人、良さそうな人だったなあ、あんな人が寅さんの嫁になってくれたらさくらさんも安心だろうけどなあ、という独白は、いつものお調子もののタコ社長らしくなく、しみじみした人情味があってほろりとさせられる。駅のホームから高校生ブラスバンドの練習風景をじっと見つめるさくらの横顔も、複雑な情感を湛えていて、不思議と印象に残る場面だ。

 さて、絹代さんとの話がダメになったために旅先で失踪した寅は、偶然歌子さんと再会する。そして『柴又慕情』で歌子さんが結婚した相手が病死したことを知る。ここで寅はまた彼女への思いで胸がいっぱいになってしまうわけだが、これを恋と呼べるかどうかは微妙だ。これがまた本作の複雑な味わいの一因で、つまり寅は『柴又慕情』で一度失恋している、歌子さんが自分をなんとも思っていないことは分かっているのだ。それに冒頭絹代さんに結婚まで意識した寅があっさり歌子さんに熱を上げるのもヘンだ。つまり寅の中では歌子さんに純粋に幸せになって欲しい気持ちと、消え去っていない彼女への思慕がミックスされた状態になっている。この微妙なニュアンスが、終盤の寅の「ゆかた、きれいだね…」の一言に集約されていくのだけれども、あの一言を呟く寅の美しくも寂しい心情の発露は、確かにこの作品のクライマックスというにふさわしいものだった。

 このように本作はしみじみした情緒に溢れているが、舞台となった津和野や温泉津(ゆのつ)の風景が、さらにそのしみじみ感に拍車をかける。日本的風景の美をフィーチャーするのが常の「男はつらいよ」シリーズの中でも、格別な美しさがあるように思う。

 さて、この作品では歌子の葛藤を通して「幸せとは何か?」というテーマ(最後、彼女は大変なのを覚悟して養護施設の仕事へ飛び込んでいく)や、『柴又慕情』に続いて父娘の確執が描かれるが、なんといってもケッサクなのは後半の、寅と歌子の父親(宮口精二)が絡むシークエンスである。父と娘の確執が一筋縄ではいかないことを察したさくらと博の夫婦がそっと二人を見守ろうとしている時、なんと寅は一人で歌子の父親の家に押しかけ、あろうことか「歌子さんに両手をついて謝れ」と言い放つのである。久しぶりに破壊力満点の寅を見ることができるシークエンスだ。先方の酒を勝手に飲み、仕事を中断して現れた宮口精二に、横柄きわまりない口調で「ところで、どうなったいその返事は」「返事というと?」「だから言っただろう! 歌子ちゃんの前に両手をついて、私が悪うございましたお許しくださいって言えるかどうかって!」

 完璧に上から目線で、ふてぶてしさのきわみ。おまけに宮口精二のナポレオンを空にし、「掃除してないんだよこの家は!」「これじゃあいい作品は生まれないよ!」と言いたい放題言い散らして帰ってくる。結果、当然ながら、久々に激しいとらやの喧嘩に発展する。この事件を聞いたとらやの面々が寅のあまりの暴挙に青ざめ、激怒するのである。

 その後、とらやにやってきた宮口精二と歌子の涙の和解場面へと続く。なかなかいい場面だし、泣かせどころであるのはよく分かるけれども、個人的には、父親の宮口精二は泣かない方が良かったんじゃないかと思う。ちょっとお涙頂戴の演出だ。そして最後は花火のシークエンスで締めくくりとなる。花火と吉永小百合の浴衣姿、というこの組み合わせは実に美しく、特に吉永小百合ファンでもない私でも、ほうとため息をつきたくなるほどだ。この清楚と哀愁ただようエピソードの締めくくりにふさわしい。

 という具合に、なかなか情緒豊かな作品ではあるが、『柴又慕情』とこれを見て思うのは、どうも吉永小百合は清楚過ぎるというか優等生過ぎて、寅との絡みが今ひとつ面白くない。計算を超えたケミストリーが生じないような気がする。それと歌子さんは前回に続き、なんとも思っていない寅に対する思わせぶりがきつい。久々にとらやに来た時、寅の目を見ながら「あたし、来ちゃった…」。あたし来ちゃったは、ちょっとどうかと思うぞ。



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