アブソリュート・エゴ・レビュー

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浮雲

2007-02-12 18:51:01 | 映画
『浮雲』 成瀬巳喜男監督   ☆☆☆☆☆

 昔の日本映画を観るシリーズ第三弾は、溝口監督『西鶴一代女』に続いてこの映画、成瀬監督の『浮雲』。これもモノクロ。

 成瀬巳喜男監督というのはなんとなく名前は知っていたがどういう映画を撮る人かは知らなかった。この映画は成瀬監督の集大成であり、日本映画における名作中の名作、と言われているらしい。DVDに入っている解説では、映画評論家が「日本映画史上に燦然と輝く金字塔」と絶賛している。主演は森雅之、高峰秀子。

 話は典型的な男女の愛憎劇。不倫に始まり、別れるの別れないの、子供をおろすのおろさないの、もうどろどろの修羅場が繰り広げられる。完璧にメロドラマである。ストーリーだけ見ると昼メロでやっててもおかしくないんじゃないかってくらい。

 戦争が終わってゆき子(高峰秀子)が富岡(森雅之)を訪ねてくるところから映画はスタートする。二人は戦争中、ベトナムでラブラブだったのだ。富岡が妻と別れるという話だったので来たのだが、いざ会ってみると別れられないという。「勝手なものね!」とさっそくどろどろが始まる。つまりこの映画は最初からどろどろで、ラブラブだった蜜月期は回想の中でしか出てこないのだ。回想の中に現れるベトナムの自然や駐屯地の優雅な建物は楽園のよう、ゆき子も深窓の令嬢のような装いで、明らかに夢の時間として現実と隔絶している。
 その後ゆき子はパンパンに身を落として暮らしを立てるが、富岡は時々やってきて「楽しくやってそうで羨ましいよ」とネチネチひがんだり、「今夜泊めてくれないか」などと調子のいいことを言う。ゆき子は怒るがどうしても関係を清算できない。

 こうやって二人の関係はずるずると続いていく。二人の社会的立場も刻々と変わっていく。その間も富岡は他の女にちょっかいを出したりする。この富岡というのは別にワルというんじゃなく、ズルくて、小心で、身勝手で、時々はふつうに優しくて、表向きは常識人という本当にどこにでもいそうな男である。それを森雅彦は実にうまく演じている。富岡というキャラクターに見事な説得力とリアリティを与えているが、それがこの映画の成功の大きな原因であることは間違いない。

 その時々の立場や状況に応じて、刻々と身にまとう空気を変えていく高峰秀子も素晴らしい。端正な美人だが、口調がちょっと蓮っ葉な感じで特徴がある。怒ったり、なじったり、冷たくしたり、泣き崩れたり、それぞれの演技にやはりものすごく説得力がある。ゆき子の心の動きが伝わってくるようだ。特に終盤、仕事で屋久島に行くと告げた富岡に対するリアクション、あのシーンのゆき子の感情のうねりの表現はもう鳥肌が立つほどに素晴らしく、激しく心を揺さぶらずにはいられない。最初はえっと驚き、強気に出るが、富岡の決意が固いのを見るとみるみる崩れていく。絶望のあまり「私も連れて行って」と泣くゆき子には真実の痛ましさがある。ここまでリアルな感情のうねりを映画の中で見たことはほとんどない、と言っていいくらいだ。そしてまた、そこでかたくなに黙り込んでいる森雅之も素晴らしい。この二人の芝居はとにかく良い。

 二人が並んで歩くシーンが繰り返し出てくる。「こうやって歩いていると、やっぱり肉親みたいね」というセリフもある。コートを着た富岡の服装はあまり変わらないが、ゆき子の服装はその時々の状況で色々と変わる。しかしそうやって同じように歩く姿が、二人の腐れ縁と、分かちがたい親密な絆を感じさせる。一度だけ、ゆき子が遅れて歩くシーンがある。屋久島に行くと告げられて泣き崩れた後だ。こういう、さりげないシンボリックな演出がまたうまいのである。二人が富岡の部屋でどろどろのなじり合いをしている時、外では子供達がままごとをしている。屋久島でゆき子が死に瀕している時、吹き荒れる暴風雨が画面に映し出される。わざとらしくなく、ここぞというところでふと挿入されるこういう象徴的な絵が非常に効果的だ。

 ところで森雅之演じる富岡は、イッセー尾形演じる中年男にそっくりである。髪型といい顔といい表情といい。ズルく身勝手に立ち回ろうとするところなんかも良く似ている。あまりにも似ているので、そのことを誰かと語り合いたくてたまらない。

 最後、ゆき子の死に顔を眺め慟哭する富岡の背中がフェード・アウト、画面に題詞が出る。
「花の命は みじかくて 苦しきことのみ 多かりき」
 あまりのシンプルさ、残酷さに、言葉を失う。

 私は基本的にメロドラマは好きじゃないし、どろどろの愛憎劇なんて敬遠したい方だが、この映画はメロドラマでありつつもその枠を越えた普遍的な何かに到達していると思う。ちょっと音楽が多すぎるんじゃないかとか思ったりもしたが、主演の二人と脚本、演出の素晴らしさでやはり金字塔も納得である。
 


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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
浮雲好き (ミツコ)
2010-11-11 01:38:01
「日本映画史上に燦然と輝く金字塔」

ワタシも同意です!!

こういう大人の映画は、最近少ない。日本、外国問わず。
名作 (ego_dance)
2010-11-12 13:20:28
これは名作でしょう。高峰秀子と森雅之が二人ともすごいんですよね。とことん演じきってる感じで…。
Unknown (sugar mom)
2012-06-12 22:41:11
成瀬巳喜男を称して、「やるせなきお」と呼ぶ、というのを聞いたことがあります。
やるせない男と女のことばかりを描いた、と。
その中でも、「浮雲」は最高でしょう。
ラストシーンに涙がとまらなかった。
エンドマークが出ても、立ち上がれませんでした。
亡くしてからはじめてその価値に気付く男の愚かさと、本当は純な女の気持。
こう書いてしまうと月並みだけれど。
浦山桐郎が後に「私が棄てた女」を撮ったけれど、そのベースにはフェリーニの「道」があり、「大人の女」があり、この「浮雲」があるのではないでしょうか。
浮雲は原作もすばらしかった(林芙美子)。
腐れ縁のひとことで片づけられてしまう危険性のある話を、ここまで説得力をもって人間の哀しい性として描ける監督は、この時代にあっては成瀬巳喜男しかいなかったのでしょうね。
Unknown (ego_dance)
2012-06-14 12:36:27
「やるせなきお」とは言い得て妙ですね。この監督はデリケートな細部の何とも言えない陰影が魅力で、この映画でもそれが充分に発揮されていると思います。話の筋がさほど面白いとは思えないのに、観始めるとやめられなくなります。

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