アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

イギリス人の患者

2012-07-23 21:16:45 | 
『イギリス人の患者』 マイケル・オンダーチェ   ☆☆☆★

 新潮社のハードカバーで再読。これはご存知の通り映画化されアカデミー賞かなんか獲っていて、私も観たことあるが、映像はきれいだったもののさほど印象には残らなかった。煎じ詰めれば不倫のメロドラマ、という感じだった。が、原作はそうでもなく、不倫のメロドラマは複数あるサブプロットの一つに過ぎない。多分映画化する際に一番受けそうなプロットにフォーカスしたのだろう。小説ではハナ、カラバッジョ、キップ、火傷したイギリス人という四人が修道院の建物の中で暮らす、その静かで瞑想的な生活の模様が一方の柱で、もう一方がきれぎれに蘇り、語られる四人の過去の物語となっている。そしてそれらが渾然一体となって重層的かつ詩的な空間を作り出す。

 イギリス人の不倫話は四人の過去エピソードの一つでしかなく、重要なエピソードであることは確かだが、映画のように首尾一貫したストーリーテリングではなく、時間も空間も飛び飛びの断片的な語りによって呈示される。ストーリーというよりむしろ詩的断片である。これは小説全体がそうで、読者を生々しいストーリーに引き込むよりもノスタルジーと回想の靄ですべてをくるみ、夢幻的な、迷宮的なポエジーの世界に誘いこむことが意図されているためと思われる。従ってオンダーチェの武器はプロットよりその文体で、きわめて詩的、抒情的、浪漫的な文体が駆使されている。複数の登場人物の過去の回想というスタイルはこの手の小説に適していて、本書も悪くないけれども、個人的にはラテンアメリカ文学あたりと比べると線が細く、少々物足りない気がする。まあこれは好みの問題だろうけれども。

 四人の過去の物語については、アルマシー伯爵の不倫話よりむしろ爆弾解体に従事するキップの物語の方が印象に残った。映画では確か途中でハナが修道院を出ていく場面があったように思うが(もうよく覚えていない)、原作と展開を変えてあるのだろうか。小説ではみんなずっと修道院にいて、日本への原爆投下がキップに衝撃を与え、四人の関係を終わらせることになる。あとがきによれば、イギリスではこの部分のイギリス批判が単純だと批判されたそうだが、これはイギリス批判というより白人批判、白人の有色人種差別批判である。コンテキストを読めば、これを単純だという方もまた単純という気がする。ただし、このような夢幻的な小説の最後にこうしたイデオロギーが露骨に表出するのが結果として良かったかどうかは微妙で、一種破綻させていると言えなくもない。


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