アブソリュート・エゴ・レビュー

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斬る

2008-01-30 22:32:53 | 映画
『斬る』 岡本喜八監督   ☆☆☆☆☆

 『侍』『大菩薩峠』と並ぶ岡本監督の傑作時代劇。主演・仲代達矢、高橋悦史。この二人が荒廃した藩のクーデター騒動に巻き込まれるという物語。仲代達矢は『大菩薩峠』のクールな美剣士、机竜之助とは正反対の、小汚くて飄々とした、けれど熱い義侠心を持った男を見事に演じている。

 映画はまず、荒れ果てた宿場町に汚い格好の浪人、半次郎(高橋悦史)が入っていくシーンから始まる。空ッ風がびょうびょうと吹きつける荒廃した宿場は、黒澤の『用心棒』そっくりの出だしだ。腹を空かせた半次郎がニワトリを捕まえようとしていると、そこへやはり腹を空かせたヤクザ、弥源太(仲代達矢)が通りかかる。三人目に通りかかったこの藩の若侍(中村敦夫)から握り飯をもらうが、この若侍は私腹を肥やす悪城代を七人の仲間とともに討つ。討ったはいいが次席家老の策略にはめられ、逆賊として追われる身分になる。七人は砦山にこもり、仲間の一人が江戸に走って大目付に真相を訴えるのを待つが、実はその仲間というのは裏切り者で次席家老に通じているのだった。七人は帰ってくるはずのない仲間を山で待ち、次席家老は山へ討手を差し向ける。絶対絶命。それを知った弥源太は七人の若侍を助けるため、活動を開始する。

 最初は『用心棒』っぽく始まり、すぐに得体の知れない無宿者が若侍を助けるという『椿三十郎』的展開になる。しかしストレートにひとつのプロットを追っていく『三十郎』と違い、こっちはサブプロットが豊富で、あちこちでさまざまなドラマがこれでもかと展開する。なんとも楽しい。
 まずは砦山の若侍達。みんな最初は仲良くやってるが、極限状況でだんだん不穏になってくる。しかもそこへ中村敦夫の許婚で美人で色っぽい千乃(星由里子)がやってくるもんだからたまらない。しまいには「どうせ俺達は死ぬんだ、だからこの小屋の中にあるものは、何でも公平に分けようじゃないか、公平にな!」などと言って血走った目で千乃を見る奴も出てくる。これはコワイぞ。
 それから、侍になりたくて百姓を捨てた半次郎は、陰謀のことは知らずに次席家老の浪人部隊に加入する。浪人部隊の使命は砦の七人を討つことなので、半次郎は弥源太と敵対することになる。しかし悪辣な次席家老は、浪人部隊も実は消耗品として使い捨てするつもりなのだった。どうする半次郎。
 三つ目は、浪人部隊の組長・荒尾のドラマ。荒尾は凄腕、クールで金に執着する男だが、実はそれは女郎に身を落としたかつてのいいなずけを救うためだった。この荒尾を岸田森が渋ーく演じているが、彼がこの映画の中でもっとも泣かせるキャラクターだろう。岸田森ファンは必見である。今は女郎に身を落としたかつてのいいなずけを「おれの女房だ」と呼び、「もう四、五日で片がつくから待っていろ」と言伝てをする。彼は砦の七人を斬って、その賞金で彼女を救おうとする。しかしながら、組長である彼すら消耗品の運命だった。
 そしてこれらのすべてを結びつけるのが、砦の外でフットワークも軽く動き回り、七人を助けようとする無宿者・弥源太である。彼は今でこそ無宿者のヤクザだが、実は昔はサムライで、剣の腕、弓矢の腕、知略すべてに秀でている。彼はみすぼらしい身なりで竹光をさして登場するが、中盤になってようやく披露する剣技は見事。若侍の一人を助けるために一瞬のうちに五人を斬り捨てるのだが、その流れるような殺陣は目が覚めるようだ。超カッコイイ。

 という具合に、物語はテンポよく、ワクワク感を常に持続させつつ進む。立場上敵味方に分かれてしまったが深い友情で結ばれている半次郎と弥源太の軽快なやりとりもいいし、やはり敵味方の弥源太と荒尾の緊張感溢れる対峙も渋い。中盤で明かされる、なぜ弥源太はこうまでして七人の若侍を助けるのかという理由も泣かせる。この映画には『侍』ほどの悲痛な重さはなく、陽性の軽やかさとワクワク感に満ちている。『侍』『大菩薩峠』と合わせた三作の中で、娯楽時代劇としてはもっとも完成度が高いと思う。

 主演の仲代達矢の飄々とした演技がナイスだが、半次郎の高橋悦史もいい味を出してる。この映画のカラッとした陽性ムードは多分に彼に負っている。女郎屋に行って馬鹿力で柱を持ち上げたり、女郎のおしろいを拭き取ると急にテンションがあがるシーン(彼は百姓っぽい娘がタイプなのだ)なんかいいなあ。

 家老役で出てくる東野英治郎がまたおいしい。どこででも寝てしまうのんきな爺さんで、後半の盛り上がりをさらに楽しくしてくれる。最後は大チャンバラ、それから農民の踊りとパワフルに締めくくられるが、その後のエピローグがまた洒落てる。雨の中、またしても腹をすかせている弥源太を追ってくる半次郎、そして解放された女郎達。同じ模様の雨傘がたくさん開き、並んで進み始めるラストシーンはこの陽性の映画にぴったりの洒脱さで、これを映画館で見ていたら拍手をしたくなること間違いなしだ。

 娯楽映画のすべての要素がつまっていると言っても過言ではない、とても贅沢な映画だ。ところでDVDパッケージ写真のようなシーンは本編にはないが、宣伝用スチールか何かから取ったんだろうか。この映画の実に華やかな魅力をまったく伝えてくれない地味な写真なので、だまされないようにした方がいい。


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