アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

奇跡

2012-01-02 21:41:31 | 映画
『奇跡』 是枝裕和監督   ☆☆☆☆

 少々遅ればせながら、皆様あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。
 
 今年の第一弾は、『歩いても歩いても』がすごく良かった是枝監督の新作、『奇跡』について。離婚した夫婦が一人ずつ小学生の子供を引き取る。兄と弟の二人兄弟だ。兄は母やおばあちゃんおじいちゃんと一緒に熊本、弟はミュージシャンを目指す父と一緒に福岡。前知識からほぼ全篇ロードムーヴィーなのかと思っていたら、小学生の子供が主人公でさすがにそれはなかった。旅行はほんの一部で、映画の大部分は日常描写である。友達との会話、火山灰、きれいな女の先生への憧れ、お父さんのバンド仲間と花火、おじいちゃんが作るかるかん、商店街の復興運動、などなどがゆるく散りばめられる。

 開通する九州新幹線、その上りと下りがすれ違う瞬間に祈れば願いがかなう、という他愛ない思いつきがささやかな物語の萌芽となり、子供達は自分たちの「願い」を語り合う。女優になりたいだったり、絵がうまくなりたいだったり、死んだペットを生き返らせたいだったり。そして映画の後半、彼らは子供達だけで(一部大人の協力もあるものの)旅行に出かける。ささやかな冒険である。これぐらいの遠出なら実際にあるかも、と思わせるリアリティがいい。

 そしてこの旅で熊本組と福岡組の子供たちが出会い、ある寂しい老夫婦と出会い、新幹線のすれ違いを目撃する。何も「奇跡」的なことは起きない。しかし新幹線がすれ違う時、子供たちをめぐる日常のあれこれが子供の脳裏にフラッシュバックする、この瞬間の美しさには思わず息を呑む。そして私たちは、それらのすべてが奇跡なのだと気づく。 

 結局、子供達の願いがかなうことはない。家族四人が一緒に暮らせるようにはならない。しかし、あんなに家族四人で暮らすことを望んでいた兄は、その願いを口にすることがなかった。彼は「世界」を選んだのである。少年が「おれ、世界を選んでしもうたんや」と弟に告げた時、私はその微笑ましさににんまりすると同時に不思議な感動を覚えていた。少年はひとつ、おとなになったのである。

 また、この映画には子供達が走る場面が多い。彼らはいつも走っている、友達と一緒に、あるいは一人で。映画を観終わった後も、子供達の走る姿が頭からはなれていかなかった。

 派手な事件は起きないので、地味といえば地味だ。しかし滋味溢れるとはこのような映画のことだろう。するめムーヴィーである。脇を固める大人の役者たちがとても良い。樹木希林、橋爪功、原田芳雄、オダギリジョー、阿部寛、大塚寧々、夏川結衣、みんな本当にいい顔で芝居している。実際、こんな映画に出るのは役者冥利に尽きるだろうと思うし、画面からもそれが伝わってくる。なんとも羨ましい。

 子役もそれぞれ良かったが、特に印象に残ったのは女優になりたい女の子、内田伽羅だった。この子は樹木希林の本当の孫らしい。おっとりした中に強い意志を秘めた感じがあって、かなきり声をあげることでしか感情を表現できない凡百の子役とは器が違うと思わせる。やはり血筋か。



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2 コメント

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あけましておめでとうございます。 (riku_taku)
2012-01-04 17:23:15
新年おめでとうございます。
今年もおおいに参考にさせていただきます。正月は劇場で「Mi4」を観たのみでした。後半緩慢な印象でしたが「自分の意思で」、落下する、という運動には新味があったように思います。「奇跡」は観たいと思いつつ、ついスルーしてました。近いうちに観てみます。今年もどうぞよろしくお願いします。
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Unknown (ego_dance)
2012-01-05 13:20:35
あけましておめでとうございます。こちらこそ、本年もよろしくお願いします。

私もMI4観ました。面白かったです。高いところが怖い方なので、あのドバイのビルの場面では心拍数上がりっぱなしでした。あと、レア・セイドゥーの女殺し屋が個人的にはツボでした。
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