アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

いずれは死ぬ身

2009-08-12 23:06:30 | 
『いずれは死ぬ身』 柴田元幸・編   ☆☆☆☆★

 日本に出張にした時に新宿の紀伊国屋書店で買ったアンソロジー。柴田元幸氏のアンソロジーは好みの短篇が多くて見逃せないのだが、本作はその中でもあたりが多くて満足度が高かった。『いずれは死ぬ身』というタイトルもいい。収録作品は以下の通り。

「ペーパー・ランタン」 スチュアート・ダイペック
「ジャンキーのクリスマス」 ウィリアム・バロウズ
「青いケシ」 ジェーン・ガーダム
「冬のはじまる日」 ブリース・D'J・パンケーク
「スリ」 トム・ジョーンズ
「イモ掘りの日々」 ケン・スミス
「盗んだ子供」 クレア・ボイラン
「みんなの友だちグレーゴル・ブラウン」 シコーリャック
「いずれは死ぬ身」 トバイアス・ウルフ
「遠い過去」 ウィリアム・トレヴァー
「強盗に遭った」 エレン・カリー
「ブラックアウツ」 ポール・オースター
「同郷人会」 メルヴィン・ジュールズ・ビュキート
「Cheap Novelties」 ベン・カッチャー
「自転車スワッピング」 アルフ・マクロフラン
「準備、ほぼ完了」 リック・バス
「フリン家の未来」 アンドルー・ショーン・グリア

 「みんなの友だちグレーゴル・ブラウン」と「Cheap Novelties」はマンガである。それからアタマから二個目にバロウズの短篇が入っているのに注目。私が本書を買った理由の半分ぐらいはこれだったが、こういう人は多いんじゃないだろうか。未読のバロウズの短篇を読める機会を逃すわけにはいかない。しかもこれはわけわからない言語実験作品ではなくてちゃんとストーリーになっている。ますます見逃すわけにはいかない。

 個人的なフェイバリットは「ペーパー・ランタン」「ジャンキーのクリスマス」「青いケシ」「盗んだ子供」「みんなの友だちグレーゴル・ブラウン」「いずれは死ぬ身」「強盗に遭った」「準備、ほぼ完了」あたりである。ひとつだけベストを挙げれば冒頭の「ペーパー・ランタン」になるだろう。びっくりするほど面白かった。私はダイベックというのはもうちょっとリアリズム寄りの小説を書く作家だと思っていたが、これはそうでもなかった。

 いきなりタイムマシンに取り組んでいる「僕たち」が登場する。ほうタイムマシンの話か、と思っていると全然違う。「僕たち」は休憩で食事に出かけ、もとクリーニング屋だったというヘンテコな中華料理屋に行く。食事が終わって戻ると、ビルが火事になっている。「僕」は昔火事場見物したことを思い出し、その時一緒にいた女性の回想になる。タイムマシン、中華料理店、フォーチュンクッキー、火事、とどんどんモチーフが移り変わっていく展開とスピード感が気持ちいい。過去の回想で語られるエピソードも面白いし、なんだか適当なところであっさり終わってしまうのも気持ちいい。タイムマシンはどうなったんだろう。

 「ジャンキーのクリスマス」はもうバロウズ全開、最高である。ジャンキーのダニーがヤクを手に入れるために町をうろつく前半はかっとんでいて笑えるし(女の脚が入ったスーツケースを拾ったりする)、後半は意外にちょっといい話になる。「みんなの友だちグレーゴル・ブラウン」はカフカ『変身』のパロディで、あの異様な話が見事にチャーリー・ブラウンに化けている。いやーふざけてるなあ。

 表題作の「いずれは死ぬ身」は死亡してしない人物の死亡記事を書いた「僕」が新聞社をクビになる話で、やはりシチュエーションの面白さとスピーディーな展開、一見きまぐれに散りばめられた断片的なモチーフの数々が惹きつける。こういうのはやはり、イメージからイメージへとすばやく移動するそのスピード感と浮遊感がポイントである。「ペーパー・ランタン」や「盗んだ子供」、「強盗に遭った」などと共通するアプローチだ。「強盗に遭った」は文字通り強盗に遭う話で、宝石店の女主人と客のオフビートな会話が面白い。「準備、ほぼ完了」は釣りをする老人とそれを見張る新聞コラム担当者の話。老人は毎日巨大なナマズを釣り上げる。記者は彼を魔術師だと思う。老人と記者どっちの行動も奇妙でどんどん読まされてしまうが、読み終えてみるとこれといったプロットがない。

 アイデアやモチーフがゆるくちりばめられ、あるようなないようなプロットではぐらかし気味に話が進んでいく、というパターンは私の大好物である。最近こういう小説の書き手が増えてきたようで嬉しい限りだ。この手の短篇は着地点が難しいが、本書収録作品はどれも見事な着地を見せてくれる。美しい。軽やかでちょっとシュールな短篇が好きな人にはお薦めのアンソロジーである。


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