アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

アラビアの夜の種族

2007-11-13 10:01:25 | 
『アラビアの夜の種族(1)(2)(3)』 古川日出男   ☆☆☆

 休暇を利用して三日間で読了。文庫で三冊あるがそれぞれは大して厚くないので、それほど大長編という感じはしなかった。なんでもPLAYBOY紙「この10年で最も面白いミステリーベスト100」の日本第1位に輝いた作品らしい。うーむ。まあ面白いっちゃ面白いけどなあ。わりと普通だったなあ。

 要するに『千夜一夜物語』的な、神秘的で驚異的でエキゾチックで濃厚な物語、という線を狙ってあって、なかなか雰囲気は出てる。著者不明の書物を古川日出男が翻訳した、という体裁にしてあって、「あとがき」でもサウジアラビアで英訳本に出会った時の模様を詳細に書いてあるし、本文中にもわざと「この部分は良く意味が分からない」などと訳注を入れたりと凝っている。「アッラー!」みたいなと詠嘆詞も頻繁に出てくる。物語は二重構造になっていて、ナポレオンに攻め込まれようとする13世紀のカイロの情勢、そしてそこである書物作成のために語られるアラブの物語、が小説の内容。

 ナポレオンに攻められるカイロの話がメインかと思っていたら、メインは語り部が語る物語の方である。13世紀のエジプト、多数のベイ(知事)達が支配階級として奴隷の上に君臨し、お互いにしのぎを削っている。そこへナポレオンが攻めてくる。たいていのベイ達はヨーロッパの兵器を知らず楽観的だが、一人のベイは危機感を持っていて、その右腕である美貌の奴隷アイユーブと策を練る。アイユーブは「災厄の書」という神話的書物のことを語る。これを読み始めると麻薬中毒のようになり、本のページを繰る以外のことはできなくなってしまう。この本のせいである王国が滅んだという。それ以来封印されてきたこの書物をフランス語に訳し、ナポレオンに献上する、という作戦である。
 ベイはこれをアイユーブに任せる。アイユーブは「災厄の書」を作り始める。実はこんな本は存在しないので、語り部を呼んで物語を語らせ、それを書き留めて一から作り始めるのである。はて、なぜアイユーブはそんな嘘を。という興味が、第一の層「ナポレオンに攻められるカイロ」プロットの要である。アイユーブは何を企んでいるのか。そしてナポレオンとの戦いはどうなるのか。ところが導入部でここまで語られたあと、このプロットは本の最後になるまで展開しない。攻めてくるナポレオン軍の様子などが時折挿入されるだけである。
 そして「災厄の書」作成のために語られるアラビアの物語。これが本書の大部分を占める。これは要するに魔術師と魔王にまつわる物語である。主人公は三人、醜く邪悪なアーダム、神秘的なアルビノのファラー、そして快活な剣士のサフィアーン。アーダムは蛇神と通じ強力な魔力を手に入れ、残虐な支配者となり、蛇神への復讐心に燃えながら一千年の眠りにつく。一千年の後、アルビノのファラーは出生の悲劇から立ち直ろうと世界一の魔術師を目指して修行し、実は王家の落とし種であるサフィアーンは泥棒になる。サフィアーンは泥棒のために宮殿に忍び込んで王女に恋し、恋の病で死にかけるが、王家に仕えるという魔法の剣(巨人になったり鳥になったりする)のせいで自分が王子であることを知り、さまざまな冒険の後に傑出した剣士となる。
 やがてこのアーダム、ファラー、サフィアーンが出会い、お互いに敵対したり味方になったりしつつ、全篇のヒールである蛇神もまじえて幻想的な戦いを戦う、というのがおおまかなあらすじである。

 邪悪な魔術師とか、赤ん坊の頃に捨てられて泥棒になっている王子とか、主人公に仕える精霊とか、アラビアン・ナイト的なモチーフがこれでもかと散りばめられている。ストーリーも幻想譚というよりハラハラドキドキで、読み物としての面白さが最優先されている。そのせいで娯楽小説としては読みやすく、楽しい。私はアーダムが策略を使って敵国に入り込んでいくあたりが一番面白かった。が、その代わり、軽い。ストーリーも上に書いた通りで、手の込んだファンタジーという感じである。魔物とか異界の化け物とかがたくさん出てくる。ちょっとアニメっぽいところもなきにしもあらず。

 文章もあまり『千夜一夜物語』的でなく、現代日本の娯楽小説文体である。これが大きな不満の一つ。語り部が語るという設定なので「~でございます」文体なのはいいが、基本的に会話主体、映画のシナリオ的、改行多し、体言止め多し、な現代日本エンタメ文体なのである。簡潔というより熱っぽく、難しい漢字や妙なルビの打ち方もわりと出てくる、ちょっと京極夏彦的な文体だ。まあ文体を変えるのは大変だろうし、こっちの方が読むのが楽ということなんだろうが、どうせ『千夜一夜物語』的ムードを目指すならやはり文体にも凝って欲しかった。最悪なのは、ポップさを出そうとしてるのか、時々おちゃらけた感じの会話文が出てくること。「うん、そういうこともあるかもね。あっはっは」「みなさん、わたしすわっちゃってよいかしら」「だめかい? 自己紹介とか、ほしい?」とか、こういう奴。軽いなあ。悪い意味で。

 「災厄の書」というアイデアからも分かるようにこれは「書物」とか「物語」そのものをテーマにしたストーリーでもあり、アーダムが書いた魔法の書を読んだファラーが書物と同化し、アーダムとファラーの戦いが著者対書物の戦いに擬せられるとか、そういうあたりは面白かった。結末もそのテーマに沿っていて、物語の迷宮をさらに錯綜させるような終わり方をする。娯楽小説としては楽しめるし、色々と凝っている。力作であることは間違いない。

 そして格調高い、古典的な装丁の絵が大変美しい。しかしこの絵のイメージで本書を買うとちょっと間違うので注意。内容はもっと軽くて、ファンタジー・アニメっぽい。ここまでの重厚感、古典主義的端正さはありません。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿