アブソリュート・エゴ・レビュー

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華岡青洲の妻

2018-06-22 20:51:10 | 映画
『華岡青洲の妻』 増村保造監督   ☆☆☆★

 これも若尾文子出演映画のひとつ。有吉佐和子の原作を読んだ後で映画も観てみた。もともとが嫁と姑の争いを描いた陰湿な話なのだが、映画はコントラストが強いモノクロ映像と尺を短くするための刈り込みでさらに怖くなっている。増村監督と新藤兼人と若尾文子の組み合わせということで、あの恐るべき映画『清作の妻』に似たムードがある。ちなみに、こっちの方が後の作品。

 世界で初めて全身麻酔をやったという日本の医師・華岡青洲が題材だが、物語はその青洲の全身麻酔の研究をめぐる母と嫁の争いである。嫁が若尾文子、母が高峰秀子という美人女優の競演であるにもかかわらず、艶っぽさ華やかさはカケラもない。加恵(若尾文子)は幼い頃から、村医者である華岡家の嫁としてやってきた於継(高峰秀子)の美しさと上品な佇まいに憧れていたので、於継に「是非息子の嫁に」と望まれた時、父親の反対を押し切って嫁入りする。といっても夫の青洲(市川雷蔵)は京都に留学中で、不在である。彼女は於継やその娘たちと一緒に機織りをして青洲への仕送りを助ける。於継とは実の母娘のように良い関係だったのだが、青洲が帰ってきたその日から、於継の態度が豹変する。

 息子の青洲を崇拝するが如くに溺愛する於継は、妻である加恵に冷たくなり、表面上は仲の良い姑と嫁に見せかけながらも彼女の存在をないがしろにするようになる。やがて全身麻酔の研究を完成させるためには人体実験が必要と知った於継は、自分を実験に使って欲しいと言い出す。その提案の中に自分への非難を読み取った加恵は、いやいやお義母さんにそんなことはさせられません、自分の体を使って欲しいと言い出し、こうして後に引かない二人に挟まれた青洲は二人に対して人体実験を行う。実験のせいで加恵は盲目となるが、やがて青洲は全身麻酔の技術を完成させ、その名声は天下に轟くのであった…。

 最初はとても仲の良い二人だったのに、息子が帰ってくるや否や関係が悪化するのは異様な感じがするが、母親の心理とはああいうものなのだろうか。表面上は以前通りの優しい義母なのだが、やっと息子が帰ってきた日(つまり、夫婦が初めて対面した日)に「あの子は疲れているから、今日はゆっくり寝かしてあげて」といって嫁を寝室に一人置き去りにしたり、ようやく念願の子供が生まれたと思ったら嫁の枕元で「次は男の子をな」と(表面的には優しく)言って加恵を愕然とさせる。こわいなあ。

 物語の終盤、於継の娘の一人がついに結婚しないまま死ぬ直前に、私は母と加恵さんの地獄のような関係をずっと見てきたから、結婚せず、嫁にも姑にもならずにすんだ自分を幸福だと思っているのです、と加恵に言うが、確かに他人の家に入っていってあんな生活を続けるのは地獄だろう。現代でも姑の嫁いびりの話はよく聞くし、身近な家族でそんな話を聞くとちょっと信じられない気分になるが、そんな経験をしないですむ人は幸せだと思うべきかも知れない。

 高峰秀子も若尾文子ももちろん美人だが、眉毛を薄くしたメイクのせいでなんとなく顔が不気味である。全然色っぽくない。また、青洲が病人やケガ人の治療をするシーンがあるが、麻酔もない時代のことだから陰惨で怖ろしい。更に、原作でもそうだったが青洲が実験の為にたくさんの猫を殺す描写はとてもむごたらしい。あのよろよろと歩く猫のシーンはどうやって撮ったのだろうか。まさか本当に薬を飲ませたんじゃないだろうな。それからもちろん、手足を縛られた嫁が麻酔薬を飲んで苦痛にのたうち回るなんてシーンも、目を背けたくなる凄愴さだ。要するに、これはそういうコワい映画である。半分ぐらいホラーがまじっている。

 原作の細やかな心理描写は当然映画でははしょられており、登場人物たちのアクションを外から眺めるしかないスタイルになっているので、その冷たさによって陰惨さが強調されている気がする。といってももちろんB級ホラーのような俗悪さはなくて、硬質な文芸映画としての格調の高さは維持されている。描写は簡潔で、抑制されており、モノクロ映像の彫刻的な効果がそれを際立たせる。コワい話ではあるが、『清作の妻』まで陰惨ではない。また、ところどころに流れる杉村春子のナレーションは老媼が語る昔話のようで、この映画に残酷童話の味わいを与えている。


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