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「日本会議の正体」青木理著 ”日本会議は憲法改正でNoとならないように今闘っている!”

2017-12-04 14:41:55 | 本の紹介
日本会議は1997年5月30日、いずれも有力な右派団体として知られていた2つの組織
「日本を守る国民会議」と「日本を守る会」が合流する形で産声をあげた。

日本会議が設立大会で披露した「基本運動方針」
1)美しい伝統の国柄を明日の日本へ
2)新しい時代にふさわしい新憲法を
3)国の名誉と国民の命を守る政治を 
4)日本の感受性をはぐくむ教育の創造を
・・・
⇒①皇室の尊崇 ②憲法の改正 ③国防の充実 ④愛国教育の推進 の4本柱
 もう一つ加えるとすると、⑤極めてアナログで復古的彼らに言わせれば「伝統的」な家族の重視

昭和天皇のご在位50年の時、新橋から上野まで5.5Kmある中央通りで大パレードを計画した。
資金はも明治神宮が?
「出してくれた」 元自民党参議院議員・村上正邦の返答
数千万とか?
「そんなもんじゃない。億単位でかかったでしょう。そえを明治神宮が愚痴ひとついわずに出し手くれた」

日本会議の活動に呼応し、中央政界でその政策実現に尽力することを目標として日本国会議員懇談会が設立された。2015年9月15日時点における日本会議国会議員懇談会の加盟議員一覧表を入手した。加盟議員数は衆参両院の合計で281人。自民党の衆院議員が185人、参院議員が61人、維新の党が衆参両院で15人、民主党が8人、次世代の党が6人、日本を元気にする会が1人、無所属が5人となっている。第3次安倍改造内閣の閣僚や鑑定幹部を検証すると、同懇談会のメンバーは計20人の内、安倍首相を含め13人。側近5人の内萩生田光一内閣官房副長官を含め4人であった。

日本会議の大元は成長の家
鈴木邦男へのインタビュー
「生長の家というのは当時、僕ら右派学生にとって、『宗教』という以前に、「愛国運動をやっているところ』だと思っていました。でもご存知のとおり、生長の家はずいぶん前に政治活動から一切手を引いてしまいました」
「みんな真面目なんです。特にいま、日本会議に関わっている生長の家出身の人たちなんて真面目です。だった、親が生長の家に入っていた人が大半で、親の勧めで高校生や大学生の練成会に入ったんですから親孝行ですよ。ええ、僕もそう思います。日本会議の大元は、生長の家だと」

1930年に生長の家を創設した怪人物・谷口雅春は、もとをたどれば出口なおが創唱した大本教の信者だった。1929年に個人誌「生長の家」を発刊、「病気の治癒」や「人生苦の解決」などに効果があると評判を呼び、購読者を増やして一挙に軌道に乗せていく。谷口の代表的著書「生命の実相」は売れに売れ、生長の家によれば、現在までの総発行部数は1,900万部にも達するという。
「『心』に健康を思えば健康を生じ、『心』に病を思えば病を生ず。われわれが病気であるというのは、われわれが病気だという観念波動を送り出している状態にすぎない。病的思想が無くなれば病気が無くなる。」

2016年6月9日、下記の文書をホームページ上に突如掲載し、関係者に大きな波紋を広げた。
「私たちは今回、わが国の総理大臣が、本教団の元信者の誤った政治理念を時代認識に強く影響されていることを知り、彼らを説得できなかった責任を感じるとともに、日本を再び間違った道へ進ませないために、安倍政権の政治姿勢に対して明確に『反対』の意思を表明します」

生長の家を創唱しあ怪人物・谷口雅春の教えを熱心に信奉し、生長の家が現実政治からの決別を宣言した後も谷口雅春の政治的な教え、それはごく普通に見れば極右的で超復古主義的としか言いようのない政治思想であり、時にエスノセントリズム=自民族中心主義に陥りかねない危険なものであるのだが、を信奉しつづけ、右派の政治活動と右派の組織づくりに全精力を傾けつづけてきた。

現在の日本会議を主柱的に支えているのが、伊勢神宮を本宗と仰ぐ神社本庁を頂点とした神道の宗教集団である。いくら成長の家出身の活動家らが熱心かつ執拗だとはいっても、彼ら自身が巨大な動員力や資金力を持っているわけではない。

神社神道の頂点に君臨する神社本庁自らも神道政治連盟(神政連)を結成して保守政界を支援していて、神政連の訴えに呼応する国会議員懇談会も置かれている。メンバーの総数は衆参両院を合わせて304人。
神政連の政策目標(ホームページに掲げて)
・世界に誇る皇室と日本の文化伝統を大切にする社会づくりを目指す
・日本の歴史と国柄を踏まえた、誇りの持てる新憲法の制定を目指す
・日本のために尊い命を捧げられた、靖国の英霊に対する国家儀礼の確立を目指す
・日本の未来に希望の持てる、心豊かな子どもたちを育む教育の実現を目指す
・世界から尊敬される道義国家、世界に貢献できる国家の確立を目指す

乃木神社にあった署名用紙の下部にはこんな注意書きがあった。「『ご賛同者』の皆様には、(憲法改正の)国民投票の際、賛成投票への土賛同の呼びかけをさせていただくことがあります」
『神社新報』
「日本の歴史と国柄に基づいた憲法改正に早期実現を目指して『美しい日本の憲法をつくる国民の会』が設立されて以来、日本会議や神道政治連盟が中心となって国民運動を推進してきたが、すでに全都道府県で「県民の会」が結成され、賛同署名は四百四十五万人に達し、国会議員署名も超党派で四百二十二人を獲得されるに至ってゐる。これは大きな運動の成果であるが、今後なほ一千万人の賛同者の達成と、国会議員名および地方議会決議の獲得を目指して邁進していかねばならない、憲法改正の国会発議を促すためには、広く国民の熟誠に基づく運動を盛り上げていくしかないからだ」

最初の成功体験
もっとも最初に、そして大掛かりな「国民運動」として取り組まれたのが、建国記念日の日の制定と、そして元号法制化運動であった。戦前の旧皇室典範は元号にかんする規定を置いていて、明治や大正、昭和といった元号には法的な根拠があった。ところが戦後にこれらは廃止され、元号の法的根拠は失われた。昭和という元号は引き続き一般に使用されていたものの、あくまで慣習にすぎず法的根拠はないため、たとえば昭和天皇が死去した際には昭和が消え、後継の元号を定められないのはないか、という危機感を保守派や右派は強烈に抱いていた。そうした中で神社本庁、生長の家、あるいはさまざまな民間保守団体などが全国的な運動に乗り出し、1978年に「元号法制化実現国民会議」を結成した。議長には元最高裁長官だった石田和外を迎え、活発な運動を繰り広げたのである。結果、1979年6月に元号法は成立した。

政府主催「憲法記念式典」糾弾 1976年
日本政府は5月3日の憲法記念日に合わせ、24年ぶりとなる政府主催の憲法記念式典を東京・永田町の憲政記念館で開催した。
そこで日本青年協議会をはじめとする右派運動団体は、自民党内のタカ派議員らとも連携し、政府主催の式典と同じ日に「政府主催憲法記念式典糾弾国民大会」を開催する。しかも、東京・永田町にある自民党本部の大ホールで。この「国民大会」の「実行委員長」を務めたのが椛島有三である。

選択的夫婦別姓制度への反対運動 1996年~
法務大臣の諮問機関である法制審議会の民放部会が議論を積み重ね、1996年2月、希望する夫婦には結婚前の姓を称することを認める「選択的夫婦別姓制度」の導入を答申したのである。「伝統的家族観」に拘泥する右派はこれに激しく反発する。「家族の絆を守り夫婦別姓に反対する国民会議」を設立し、例によって署名集めや地方議会の反対決議要求、国会議員への陳情活動、波状的な「国民集会」なども開催していった。そのせいばかりでもないのだろうが、選択的夫婦別姓制度は、いまに至るまで導入されていない。

日本会議の設立 1997年
中央大会での決議(発足当時の日本会議が何を最大目標にしていたか)
1)憲法調査委員会の早期設置と憲法臨調の設置
2)世界各国と同等の「防衛省」の設置
3)北朝鮮による日本拉致疑惑の解明と救済
4)反日的・自虐的教科書の是正推進
5)夫婦別姓制度の導入反対
6)国籍条項の堅持再確認

教育基本法改正は憲法改正の前哨戦
元最高裁長官で、当時は日本会議の会長だった三好達は2005年4月29日、日本協議会の結成式典で来賓として祝辞を述べ、次のように語っている。
「憲法改正のためには、それに先立ってどうしても早急にしなければならないことがある。それは、申すまでもなく教育基本法の改正であります。伝統・文化の尊重、愛国心の涵養、道徳性の育成などを盛り込んだ基本法とし、その下でのまともな教育により、『日本の誇り』を持った国民を増やさなければ、我が国の歴史、文化、伝統に基礎をおく憲法改正は到達できない。その意味で、教育基本法改正こそ憲法改正の前哨戦であり、早急にこれを勝ち取らなければなりません」(「祖国と青年」2005年6月号より)

女系天皇容認の皇室典範改正反対運動 2005年~2006年
有識者会議の会合は計17回におよび、「皇位継承資格を女子や女系の皇族に拡大することが必要」との報告書を取りまとめた。
日本会議を筆頭とする右派は強く反発し、波状的な活動を展開した。

日本会議事務総長 椛島は2007年6月3日、日本会議福岡の総会の演説で、安倍政権の方向性と日本会議の運動の同質性、連関性を次のように語っている。
「安倍政権発足後の変化として私が一番感じておりますのは、日本会議が『阻止の運動』『反対の運動』をする段階から、価値・方向性を提案する段階へと変化してきたということです。<略>夫婦別姓の問題、外国人参政権の問題、国立追悼施設の問題、皇室典範に関する有識者会議の提案、いずれも日本会議は『反対』『阻止』の運動を進め、エネルギーの大半を費やして参りました。しかしどうでしょう。この一年間、教育基本法改正の運動、憲法改正の国民投票法成立の運動と日本の根幹をなす大事な問題に建設的エネルギーを注ぐことができました。<略>安倍政権になり国家の基本問題に関するマイナス事項が抑止されている時代なったということを、政権がもたらした大きな作用として認識しなければなんらないと思います」
教育基本法の改正案は、安倍政権下の2006年12月に成立した。

椛島は「祖国と青年」誌にこんな一文を寄せている
「もし憲法改正案の発議が国会でできたとしても、仮に国民投票で「ノー」と言われたら、安倍首相の進退窮まった状態に追い込まれるでしょう。与えらえたチャンスは一度と定め、与えられたチャンスを確実にする戦いを進めていきたいと思います」

稲田朋美、日本会議国会懇談会の有力メンバーが次のような講演録が、「谷口雅春先生を学ぶ」(2012年7月号)に掲載されている。
「私は、谷口雅春先生の教えを、ずっと自分の生き方の根本において参りました。今日、ボロボロになった昭和13年発行の『生命の實相』の本を持ってまいりましたが、これは私の母方の祖母が読んでいた本です。大変奇遇な事に、昭和7年生まれの父もまた、この『生命の實相』で命が救われたのです」

そんな安倍を会社員時代の上司はこんなふうに評した。
「子犬が狼の子と群れているうち、ああなってしまった。僕はそう思っている」
政界するまでの安倍に現在の政治スタンスにつながる気配を感じとっていた者は皆無にちかかった。(大学時代の同級生や知人、恩師、会社員時代の上司、同僚などから)

日本会議の事務総長 椛島氏にインタビューを申し込んでいるが無視の状態である。

感想
この本を読み、安倍首相が日本をどうしたいか、というよりも、安倍首相は日本会議の主張を実践していかれているように思いました。
実態を良く知らなかった「日本会議」が少しわかったように思いました。

日本会議の懸念は、憲法改正が国民投票で否決されないように、国民の特に若者を憲法改正に賛成する方向に育てたいのでしょう。
それとできるだけ多くの憲法改正に賛同してくれる国民を増やすために日夜活動されているようです。



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