「えがおつなげて募金」

特定非営利活動法人えがおつなげてが運営する、東日本大震災被災者支援「えがおつなげて募金」です。ご協力をお願いいたします。

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相馬市の大石さんより感謝のメールが届きました!

2011-04-17 18:05:21 | 東日本大震災・えがお募金

 

南相馬で頑張っておられる大石さんからメールが届きましたので、転載させていただきます。

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募金を頂いた皆様、曽根原さん、えがおつなげての皆様、
この度は支援金ほんとうにありがとうございます。
 
今週は飯舘村が大変なことになってしまい、村の人を訪ねていたり、津波でやられた自分の店(以前直売所をやっていた所)の整備をしたり、銀行がものすごく混んでいて確認に行きましたが並んでいる途中で来客が来てしまい確認が取れず、昨日やっと入金を確認させていただきました。
 
通帳を見ながら皆の顔が浮かんできて、そしたら何だか涙があふれて・・・動けなくなってました。
人がいっぱいいるところで泣いてたので銀行の人が寄って来て気づいたら、皆が見てました。
 
でも、やっぱり涙がでて・・・

いろいろご支援ありがとうございます。
 
今週は原発がレベル7になり、飯舘村の計画退避もとてもショックで落ち込んでました。
菅野村長の顔が変わってしまい、当日の飯舘村は国内外の報道関係が朝から役場に押し寄せ、まるでテロリストでも来たかのようでした。
 
村人の反応はもちろん様々です。発表を聞いて直ぐ村を出た人もいます。
多くは子どもや孫、妊婦さんは早くから避難させていますが、年配者は残っています。
 
地震、津波の被害も甚大ですが原発はこの地域の存亡がかかています。
 
当初から籠城を決めた私たちの地域は今にぎわっています。
10キロ、20キロ圏内は立ち入り禁止、30キロ圏内の南相馬市は市長命で避難となり、企業やスパーの撤退、病院、郵便局、銀行の閉鎖など大手の殆どが機能していません。
それでも最近は避難から戻ってきた個人商店は開きだしましたが大手がそんな状況で皆私たち相馬市に集まってきます。
 
ライフラインが戻って、家が何とか残った人は避難所から退所しましたが、家をなくした人や立ち入り禁止区の人たちは避難所で生活しています。
 
毎日、こんなことしなくちゃ、あんなこともしなくちゃ、と課題は次々出てきますが全てやれるわけもなく、原発の様子をみながら毎日を過ごしています。
 
今、女子会の計画が少しづつ進んでいます。
避難所にいる女性を対象にお茶会をしようと思いたち、声をかけていたら一緒にやりたいという人が現れましたので計画中です。これが最初の事業になりそうです。
 
せっかく集めて頂いた募金です。
何にどう使ったらいいのか少し考えます。
皆さんのお気持ちが伝わるように使いたい、そう思っています。
 
末筆になりましたが皆さん
ほんとうにありがとうございました。
心より感謝申し上げあげます。
 
長期戦です。
かけがえのない一日を大切にしたいと思っています。
 
                          大石ゆい子拝

 


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