布施弁天界隈の自然と歴史情報

関東三弁天の一つである柏市布施弁天界隈の城跡、神社、仏閣等の歴史的遺産の紹介とあけぼの山近辺の花情報の提供

加藤清正公像と一等水準点と妙蓮寺

2007-01-14 | 歴史
なんとも奇妙な取り合わせであるが、順番に追って紹介します。
まず、頂経山妙蓮寺は日蓮宗派で、真間山弘法寺の末寺。場所は、江戸時代は根戸村根戸であり、明治22年から昭和29年までは富勢村根戸で、現在は我孫子市の根戸となっている。草創は南北朝期の建武年代(1333年~1336年頃)で、開祖は日念聖人といわれ、文明17年(1485)作の題目板碑が残されている。山門は、江戸時代に建立された薬医門である。(写真)
本堂には、平成13年に我孫子市有形文化財に指定された江戸時代末期の「仁阿弥道八作 陶製仁王像二躯」のほか、釈迦、多宝二仏、浄行・安立行二菩薩立像、毘沙門天立像、上行・無辺行二菩薩、持国天立像など多数の諸尊像がある。
だが、ここの妙蓮寺境内では、興味深いものが2つある。
一つ目は、10897という番号がはっきりと書かれている国土地理院の一等水準点が、保護石に囲まれた真ん中にでんとあることだ。なぜ、境内に思うが、素直にここは受け入れよう。念のため住所は我孫子の根戸1778である。
二つ目が、これは富勢村誌にも記載されているが、加藤清正公像が安置されているということだ。加藤清正とはいわずと知れた熊本城主であった槍の清正公である。なぜ、この像が、根戸の妙蓮寺に?寺の関係者に聞いてみると,この清正公像は,熊本城の加藤清正手植えの樹が枯れたとき、その木で3体の清正公像を彫ったうちの1体で、文政年間(1818年~1830年頃)に善心坊なるものが熊本から持ち帰ったものだそうだ。そして、富勢村の信者が明治34 年に奉送し、清正公堂を改築して祀っているという。また、二十枚近くの版木が保存されているという。
と言う訳で、本寺は寺や文化財に関心のない方でも、必見の場所で、北柏駅北口から旧水戸街道を我孫子方面に歩いて根戸交差点までいかないうちに、左に東陽寺があり、その反対側に妙蓮寺があります。ここの旧水戸街道にも歴史的遺物があるので、それは後日
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