Earth Spiral

Survival&Creative life. 
大地と魂の声を聴き、自分の道を歩め

のびるかんじ、ちぢむかんじ

2012-01-14 | 3.11
先週末、南会津にいる火起こしの師匠・野人こと大西さんのところに行って来た。




みんなで温泉に行き、火鉢で鍋をつつき、話をして、
次の日は、近くの山の神様のところまで、お参りに。

裏磐梯の戻ってきてから、行ってよかったなという
言語化できない感覚がじんわりと残ってた。

大西さんは、山の神のお手入れを自主的にやっているそう。
そういえば、うちの敷地にあるサンクチュアリは雪に埋もれたままだな、
ということを思い出し、杉の木のところまで、毎日あるいて挨拶にいけるように、
雪かきをしようと思った。

これからの福島のこと、自分がやるべきことが、もやもやしたままでいる。
南会津でも、集まったみんなは、同じような感覚だった。
自分がやりたいことではなく、
自分の役割を自覚してやるべきことがあるんじゃないか、
みんな、それが来るのを準備して待っているようだった。

すっきりしないと気持ち悪いものだし、
あせって、いろんなことを性急に決めすぎてしまうこともある。
でも、今はそういう時期ではない、
そんな感覚がみんなの中にあった。

裏磐梯に戻ってから、ふと思ったのは、
何をするかではなくて、自分がここにいる、
ということが何か大事なことなんだという感覚。

でも、すっきりさせたいので、
紙と鉛筆を取り出して、思いついたことを書いていく。
あれをやったらいい、これをやりたい、
そんなことが、次々と出てきて、つなげてみたり、
いい考え!と思ったり。

しかし、ふとわれに返ったときに、
頭が痛くて、自分の背骨が縮んでいる感じを
はっきりと感じた。

それから、一度、考えることをやめて、
旦那さんと、少し話しをした。

自然界と繋がって生きること、
そして、その言葉を伝えること、
裏磐梯が持っている、人を癒す力と、
協力しながら自分も人が元気になることをやること。

自然界と協力しながら何かをやること。

この場所に住んでいるうちに、
それをやろうと思っていたこと。

そして、放射能の影響から、
自然と共同作業をすることをやめなければならないと
諦めようとしていたこと。
外からの「福島は危ない」という声に、
自分も傷ついていたこと、

そういう感じをだんだん自覚し始めた。

そういうことに気づいていくと、
縮んでいる自分が、
だんだん広がっていく感覚をはっきりと感じた。

人は大地と切り離されては、
根無し草になってしまい、
エネルギーをどんどん消耗して、
生きていくことが難しくなるということを
体感したような気がした。

たぶん、これは私だけではないのではと思う。

根っこをちゃんと持っている人は強い。
そう思った。

311以前から変わらないことだけれど、
そういう感覚を取り戻したり、
経験したことがない人に経験してもらえるような、
そうしたサポートが出来たらいいと思った。

そして、今、放射能に汚染され、
人々が去ってしまった福島の大地は何を感じているのだろうと
ふと、思った。

自分が住む場所にだけではなくて、
そうしたいろんな場所の自然に、
耳をかたむけてみようと思った。



大西さんのブログ 野人魂







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